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高橋和夫教授のパレスチナ問題展望(イスラエルのイラン攻撃は時間の問題)

以下は上記雑誌の掲載記事、著者高橋和夫氏が自分のブログ「高橋和夫の国際政治ブログ」(http://ameblo.jp/t-kazuo/)で公開しているものを時間順に並べたもの。


<イラン攻撃はあるか?−イスラエル新政権と中東情勢(1〜13)>
雑誌「公研」(公益産業研究調査会)2009年4月 高橋和夫(放送大・中東研究)×出川 展恒(NHK解説委員)

1(なぜこれほど右傾化したのか)

高橋:今回の選挙結果をどう読むか、いろいろな議論があると思いますが、短期的に見て与党のカディマにとって厳しかったのは、一つ目は昨年十月にアメリカの株価暴落が起きて、イスラエルでも景気が弾けたことです。これまでイスラエルの経済はとてもよかったのですが、経済が悪くなると与党は厳しい。

二つ目は、今回のガザの戦争、2006年のレバノンの戦争という二つの戦争に対するイスラエル国民の評価があまりよくない。特にレバノンの戦争は「負けた」というのは極端な言い方ですが、イスラエルにとって苦い結果をもたらしたということが、与党に対する批判につながりました。

三つ目は、いまのイスラエルの政策と言うか、エスタブリッシュメントに対する反感です。例えば、カツァブ前大統領が部下へのレイプ容疑で辞め、オルメルト前首相には汚職容疑がつきまとっている。レバノンの戦争の際は、ホルツ参謀総長が爆撃開始前に所有株を大量に売却していた。こういった状況が、右傾化と政権批判に結びつき、右の勢力を利したと思います。

四つ目は、前政権は戦争をすることで政府の人気を高めようということだったのですが、戦争という異常心理の中で、人々はより右に振れたのではないか。右派政権誕生の背景には短期的にこうした要因があると思います。

●ここで強調しておきたいのは、長期的なイスラエルの人口構成の動向です。イスラエルは、「アシュケナジー」と呼ばれるヨーロッパ出身のユダヤ人と、「スファラディ」と呼ばれる中東アフリカ、アジア出身のユダヤ人に分けられます。人口動態から見ると、スファラディのほうがたくさん子供を産むということで、だんだん人口が増えています。スファラディはアラブ世界から来た人が多いからアラブに対する理解があるかというとそうではなく、アラブ世界から追い出されたという意識もあって、アラブに対してより強硬な人が多い。そうした流れもあると思います。

●もう一つ重要なのは、旧ソ連圏からやってきた百万人がかなり右の思想を持っていることです。こう言うとロシア人に叱られるかもしれないのですが、ロシア系ユダヤ人は、ロシア人が持っている非ロシア人、非白人に対する偏見を帯びた考え方をそのままイスラエルに持ち込んでいるところもある。短期的に見ても長期的に見ても、右に振れるしかなかったというのが私の印象です。


2(なぜこれほど右傾化したのか(前回 のつづき)

出川:右派政党リクード党首のネタニヤフ首相は、対パレスチナ強硬派です。パレスチナ国家の樹立とイスラエルによる占領地の返還に基本的に反対してきた人です。一九九六年から九九年までの前回のネタニヤフ政権時代は、中東和平が停滞して、当時のクリントン米政権との関係も悪化しました。九九年の選挙で大敗して政界を一度引退したのですが、復帰してますます「タカ派色」を強めて、今回、十年ぶりの首相へのカムバックということになったわけです。

イスラエルの右傾化ということで象徴的なのは、「わが家イスラエル」という極右政党の躍進です。党首のアビグドール・リーベルマン氏は、新政権では外相に就任しました。わが家イスラエルは、一九九〇年代に旧ソ連圏から大量に移住してきた移民を中心に結成されました。リーベルマン氏はモルドバ出身で、若い頃はナイトクラブで用心棒をやっていたそうで、「超タカ派」と言われています。前回のネタニヤフ政権の時には、ネタニヤフ氏の側近として内閣官房長を務めていました。

今回の選挙中、●リーベルマン氏は、イスラエル国籍を持ったアラブ人がイスラエルガザ地区への軍事攻撃に反対したことを問題視して、「国家に忠誠を誓わない者の市民権を剥奪すべきだ」「イスラエル国籍を持ったアラブ人が住む土地の一部をパレスチナ暫定自治区編入する代わりに、ユダヤ人入植地をすべてイスラエル側に併合すべきだ」と主張しました。こうした発言によって、ユダヤ人至上主義者の「差別主義者」という非難を受けています。
今回の選挙で、わが家イスラエルは国会議席百二十席のうちの十五席まで増やして第三党に躍り出ました。リーベルマン氏が外相を務める政府が果たしてパレスチナとの和平を進めることができるかどうかと考えると、その可能性はほとんどない。これは衝撃的です。

なぜイスラエルがこれだけ右傾化したのか。高橋先生もおっしゃる通り、まず中東和平に対する失望感があると思います。●イスラエル人にとって和平とは、アラブ人やパレスチナ人と仲良くやっていこう、協力してやっていこうということではありません。和平の目的は、あくまでイスラエルの安全を確保すること――つまり戦争やテロの心配がなくなること、それこそが重要なのです。

多くのイスラエル人は、パレスチナと和平交渉を続けても安全にならないと考えています。二〇〇五年にイスラエルガザ地区から一方的に完全撤退しましたが、その後、イスラム組織のハマスガザ地区を支配し、イスラエルガザ地区からロケット弾の攻撃を受けるようになりました。このことで、「占領地から撤退しても自分たちは安全にならない。力で安全を守るしかない」と考えるイスラエル国民が大幅に増えてしまった。そして、昨年暮れ、当時与党だったカディマ労働党は、ガザ地区に対する激しい空爆に踏み切りましたが、停戦を一方的に宣言した後も、ハマスによるロケット弾攻撃はおさまっていません。

二〇〇六年には、レバノン南部に拠点を置くヒズボライスラエルとの間で激しい戦闘が起きましたが、イスラエルはその戦争に勝てず、ヒズボラの台頭を招いてしまいました。この伏線には、二〇〇〇年、労働党のバラク政権時代にレバノン南部からイスラエル軍が一方的に撤退したことがあります。この撤退もイスラエルの安全を確保することにつながっていない。つまり、現在のイスラエルは、「アラブ側に譲歩しても自国の安全には結び付かない。とにかく力で安全を守るべきだ」という強硬な主張が通りやすい空気になっているのです。
さらにもう少し歴史を振り返ってみると、●イスラエル人には、敵に少しでも弱みを見せると絶滅させられるという強迫観念があると思います。第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺「ホロコースト」の記憶がユダヤ人全体に共有されています。それがトラウマになって、「また新たな敵によって自分たちは絶滅させられる可能性がある」という考えに結び付いている。

その意味で今、●「イラン脅威論」が広がっています。特に、イランのアフマディネジャド大統領は、これまで繰り返し「イスラエルを世界地図から消し去らなければならない」と発言してきました。これは、イスラエル人にとっては単なるレトリックではなく、「第二のホロコースト」が起きるかもしれないと受け止められています。実際イランは、ハマスヒズボラなどのイスラム組織を支援しているし、核開発と長距離ミサイルの開発を進めています。しかも、イランのミサイルはすでにイスラエルを射程内におさめているということで、もしそのミサイルに核弾頭が載せられれば、第二のホロコーストは現実のものになってしまう。ということで、イスラエルは、イランを「国の安全を脅かす重大な脅威」と見ています。こうした事情が、イスラエル社会が著しく右傾化してきた要因と言えます。


3(進展が望めないパレスチナ和平)

高橋:実は、何か楽観的なことを言いたいなと思ってやって来たんですけど、パレスチナ和平のゆくえについて考えると、どう見ても楽観的になれません。パレスチナ側はハマスファタハに割れていて、一体化した政府が出て来るのだろうかという疑問があるし、和平の前にとりあえずガザの復興ということで、三月二日に国際会議が開かれましたが、当事者のハマスは招かれなかったという非常に不思議な状況でした。国際的なコンセンサスがあるような気になっていますが、例えばロシアはハマスと付き合っています。そういう意味では、日本がハマス接触を始めてもいいのではないかと思います。

ハマスヒズボラは「テロ組織」ということにされていますが、ヒズボラと話さなければレバノン情勢の解決はないということで、イギリスがヒズボラに話をしようというシグナルを送っています。また、ロシアはすでにハマスと話しているわけで、日本もハマス接触をする必要があるのではないか。もちろん、このことに対するイスラエルアメリカの反発は強いでしょうが、アメリカでも専門家筋では「当事者と話さなくてどうするんだ」という議論がある。仮に日本がハマス接触すれば、将来オバマ政権が「ハマスと話す必要がある」と考えた時に、「日本もやっているから特別なことじゃない」と、アメリカ国内を説得する要因にもなると思います。

こうした前例として思い出すのは、長い間「テロリスト」とされていたパレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長を、アメリカに先駆けて、日本の国会議員の組織が東京へ呼んだことです。日本政府の招待という形ではありませんが、日本がPLOとの接触を始めて、やがてアメリカもイスラエルもPLOを認める時代が来た。そういう意味では、日本がアメリカと若干違うスタンスをとることは、長い目で見ると実はアメリカのためにもなるし、イスラエルのためにもなるのではないか。

ただ、イスラエルの新しい連立政権は──連立政権というのはどの国でも同じですが、いろんな人たちを満足させないといけないので強い政策はとりにくいということから言うと、和平に関して前に出るとは思いがたい。もちろんイスラエルの歴史を見ると、シナイ半島から撤退したベギン首相はタカ派でしたし、ガザから撤退したシャロン首相もタカ派で、タカ派の政権のほうが和平交渉を動かしやすいという見方はあります。しかし、その前提は、担当者が和平を動かしたいと思っていることです。

●ご指摘のように、ネタニヤフ首相や側近の発言を聞くと、国際的に落としどころと見られているイスラエルパレスチナ二国間の共存という「二国家解決案」そのものを否定しています。これで和平をどうやって動かすのだろうか、厳しいなと思っています。


4(日々拡大する入植地)

出川:基本的には高橋先生の認識と一緒です。ネタニヤフ首相にしても、彼を支持する勢力にしても、パレスチナ国家の樹立そのものを認めないという姿勢で、アメリカも含め国際社会は「二国家共存」というゴールを掲げているので真っ向からぶつかってしまいます。

パレスチナの経済を良くすることに重点を置く」とネタニヤフ首相は言っていますが、どこまで本気かわかりません。とにかく問題なのは、ヨルダン川西岸の占領地をできる限り維持して、できればイスラエルに併合してしまいたい。そしてユダヤ人入植地の撤去には応じずに拡大を進めていくというのが彼の政策です。

ヨルダン川西岸地区には、ユダヤ人入植地が百四十カ所以上あります。これは日々拡大していて、パレスチナ人の土地を侵食し続けている。入植地の拡大と和平は決して両立しません。和平実現という大目標から見れば、ヨルダン川西岸に増殖し続けている入植地はガン細胞のようなもので、決して両立しない。ネタニヤフ新政権が公約通り入植地の拡大を進めるなら、パレスチナとの和平が進む可能性は限りなくゼロに近いと言えます。

今回の選挙を振り返ると、イスラエル建国以来、国をリードしてきた労働党の凋落ぶりは衝撃的でした。中東和平の立役者でノーベル平和賞を受賞したラビン、ペレスの両元首相も労働党出身です。その由緒ある党が十三席まで議席を減らして第四党に転落した。労働党はネタニヤフ連立政権に参加することになりましたが、このことによって党分裂の危機も囁かれています。

労働党リクード党は主張が相容れないのに、なぜ労働党が連立政権に参加することになったのかということですが、今の労働党は左派というよりも、左寄りの中道政党という位置付けです。二〇〇〇年にキャンプ・デービッドで行われたパレスチナとの和平交渉が挫折した時、イスラエル側の首脳は労働党のバラク首相でした。その後起きた第二次インティファーダを境に労働党は急速に勢いを失ってしまいました。

イスラエルの信頼すべき消息筋によると、今回の選挙前にネタニヤフ氏が、労働党党首で国防相を務めていたバラク氏に、「国防相のポストを約束するので、連立政権に参加してほしい」と持ちかけたと言われています。バラク氏は元参謀総長で、軍ではネタニヤフ氏の上官でしたが、国防相のポストに未練があってその申し出を受けた。

労働党内には、ネタニヤフ連立政権に参加することに強い反発があって、国会議員十三人のうちの半分が「連立政権に加わるならば党を離脱する」と述べています。「バラクは国防相のポストを確保するために党を売り渡した」という批判まで出ているということで、労働党の将来がわからなくなっています。

先ほどご指摘のあったハマスヒズボラとの対話の必要性については、私も賛成です。ハマスヒズボライスラム原理主義組織と言われていて、イスラエルに対する武装闘争あるいはテロを続けているものの、他方、慈善団体として社会福祉の仕事をやり、住民の生活を支える役割を果たしてきた側面もある。そして何と言っても、民主的に行われた選挙で住民の支持を受けて一定の議席を確保して活動しています。ハマスがすでにれっきとしたプレーヤーになっている以上は、問題があるにしても接触・対話・交渉していく必要がある。「彼らはテロ組織だから交渉も接触も認知も一切しない」という立場で押していっても全く成果を産み出さないのは、前のブッシュ政権の対応でわかるところです。

例えば、ジミー・カーター米大統領にしても、あるいはブレント・スコウクロフト元米国家安全保障担当大統領補佐官にしても、「ハマスとは対話すべきだ」と主張しています。日本はアメリカのブッシュ政権に追従するような形でハマスとの接触を一切避けてきたわけですが、最初は非公式の接触でもいいから、テロなどの暴力は非難しつつも、ハマスを和平の枠組みに取り込んでいく、イスラエルとの平和共存をめざす方向に説得を試みていくという姿勢をとることが今、重要だと思います。これはヒズボラについても同じことが言えます。

5(シリアとの和平でイスラエルが得るものは大きい)

高橋:ハマス関係者と話すと、ハマスも一枚岩ではなくて、よりフレキシブルな考え方を持つ人もいます。ただ、ハマスが国際社会から拒絶されてしまうと、そうした人たちの発言力が低下するというところがある。国際社会が手を差し伸べることによって、ハマス内での議論をより穏健な方向に引っ張っていく力にもなると思います。

ネタニヤフ新政権の発足でパレスチナとの和平が動きにくいということになると、国民に「ネタニヤフ政権は何もしていない」と言われるので、シリアとの和平が大きな課題となると思われます。

イスラエルとシリアとの問題を見ると、基本的にはシリアはイスラエルゴラン高原から出ていってほしいと考えています。イスラエルにとって、ゴラン高原は戦略的重要性はありますが、『聖書』で言う「約束の土地」ではないので、恐らく技術的には撤退が可能でしょう。つまり宗教勢力にとってもゴラン高原からの撤退が神の意志に反するとは考える必要がない。ただ、イスラエルがシリアに突き付けている条件は、ゴラン高原の非武装化といった安全保障の問題と、もう一つはシリアがヒズボラハマスを支援していて、しかもイランとつながっているという今の外交の路線を切り換えてほしいというものです。シリアはゴラン高原を返してもらえば、もはやイランから支援を受ける必要はないという議論が一部ではあるようですが、私は皆さんがあまり指摘しない点を指摘したいと思います。

シリアの支配政党は、アラブ民族主義バース党です。バース党はシリアの少数派であるアラウィー派の政党で、実は少数派に過ぎない人たちがバース党を支配し、軍を支配し、スンニ派が多数を占めるシリアを支配しているわけです。

多数派であるスンニ派から見ると、このアラウィーという宗派は、イスラム教の主流から外れているのはもちろんのこと、異端ではないかという議論がかなりあります。イスラム教は多数派のスンニ派、少数派のシーア派が知られていますが、アラウィー派シーア派よりももっと外にある「外野の外の宗派」と見られている。このアラウィー派に正当性を付与しているのが、実はイランの宗教界で、「アラウィー派シーア派の一部である。イスラムの一部である」というお墨付きを与えています。もし、シリアがイランとの縁を切れば、イランの宗教界が「アラウィー派は、実はイスラムの一部ではない」と言い始める可能性がある。そうすると、シリアのアラウィー派政権は、イスラム教の宗派として正当性のかけらもなくなってしまうという状況に追い込まれるわけです。シリアの指導層が方向転換を考える時には、この問題を考えないといけない。


6(シリアとの和平でイスラエルが得るものは大きい(前回 のつづき)

出川:まず一点目ですが、おっしゃるとおり、ハマスは決して一枚岩ではありません。イスラエルとの平和共存と言うかイスラエルという国を黙認している人もいるし、「イスラエルは絶対に許さない。あくまで打倒する」と言う人もいる。ハマスそのものがこれから変質していく可能性がある以上、その中の穏健なグループと接触・対話・交渉をしていくことには十分意味があると思います。ヒズボラについても同じです。

それから、先ほどから指摘しているように、シリアとイスラエルの和平交渉については、イスラエルパレスチナの和平は進展が望めない状態である以上、イスラエルとしては、突破口をどこに見出すかを考えると、シリア以外にあり得ない。そして、仮にシリアと和平が実現すれば、そこで得られるものはかなり大きいと言えます。

シリアはレバノンヒズボラパレスチナハマスといったイスラエルへの武装闘争を続けている組織を、言わば「持ち駒」として支援を続けてきました。例えば、ハマスの最高幹部であるハレド・マシャル氏は、シリアのダマスカスを拠点に指令を出しています。そういう意味で、仮にイスラエルとシリアとの和平が実現すれば、イスラエルにとってハマスヒズボラの力を弱め、その脅威を減らす意義もあります。

これも高橋先生が指摘されましたけれども、イスラエルはイランを最大の脅威であると見ている以上、イランとシリアの協力関係――同盟関係とも言ってもいいような性格のものですが――を分断させたい、楔を打ち込みたいと考えています。イスラエルとシリアとの和平が実現すると、イランからの脅威もその分マイナスになりますので、イスラエルにとってメリットは大きい。イスラエル新政権は極右も含めた超タカ派政権ですので、ゴラン高原から一〇〇%撤退するというのは決して簡単な選択肢ではないけれども、シリアとの和平が実現することによって得られるメリットは大きいわけです。

もう一つはアメリカとの関係で、アメリカはイスラエルパレスチナとの二国家共存を進めようとしていますが、イスラエル新政権としてはそれに協力できません。そうすると、アメリカとの関係をできるだけ悪化させないようにするためには、別のトラックを動かすことが必要です。それは、イスラエルとシリアの間の和平交渉にアメリカが本格的に仲介に入ることです。アメリカにとっても、これは大きなアチーブメント(達成)になる。イスラエルとしては、アメリカのオバマ政権との関係をこれ以上悪化させないためにも、シリアとの和平交渉を本格的に進めて、アメリカに仲介役として入ってもらうことを考えるのではないでしょうか。


7(オバマ政権とイスラエル

高橋:オバマ政権とイスラエルの問題で、オバマ政権が何をするかと考える時、すべての組織は人事が万事です。人の配置を見ると、オバマ大統領が最初に任命した、日本の首席補佐官に当たる人物はラーム・エマニュエルというユダヤ人、イラン担当に任命したデニス・ロスもやはりユダヤ人で、親イスラエルと認識されています。そういう意味では、オバマ政権はイスラエルに対して人事面から「心配しなくてもいいよ」というメッセージを送っています。

オバマは黒人ですので、選挙でユダヤ人票を取りにくいのではないかという議論がありましたが、結果的には、ユダヤ票の七八%を取ったわけです。普通、民主党の得票は七割ぐらいですから、アベレージよりも多く取ったということで、ユダヤ人に対する感謝の気持ち、評価はオバマ側にもある。

ただ、ではオバマ大統領のメッセージはイスラエル向けだけかと言うと、注意深く見ているとそうも言えない。例えば、オバマが中東問題の特使に任命したミッチェル元上院議員は、大リーグの薬物疑惑の調査責任者、そして北アイルランド紛争の留男として知られる人物ですが、お母さんがレバノン人ですから、彼はアラブ系です。アラブ人を中東和平の担当に任命したというのは、一つのメッセージです。それから、就任後初の外国メディアとの会見として、「アル・アラビア」というアラブ首長国連邦に本拠を置くアラビア語の衛星テレビに出たこともメッセージの一つです。就任後最初に電話をした外国首脳は、パレスチナ自治政府アッバス議長でした。普通はイスラエルオルメルト首相の次がアッバス議長なのに、今回はそうではなかった。これも一つのメッセージです。

私が面白いなと思ったのは、オバマ大統領が就任演説で、「アメリカは、キリスト教徒とイスラム教徒とユダヤ教徒ヒンズー教徒と無神論者の国だ」と言ったことです。これまでは「キリスト教徒とユダヤ教徒」というのが普通の言い方でした。ユダヤ教徒の前にイスラム教徒が入っているのも注目すべきです。

オバマ大統領は、パレスチナ人に対して、「われわれは中立にやりたい」というゼスチャーを出して、アラブ人、イスラム教徒に「オバマに期待を抱いてもいいのかな」と思わせるメッセージを出しています。ただ、イスラエルを支持する強力なアメリカのユダヤ・ロビーと本格的に格闘する準備はまだないようです。人事面を見ると、情報の面で非常に重要な米国家情報会議(NIC)議長にチャールズ・フリーマン元サウジ大使を任命しようとしましたが、ユダヤ・ロビーの一斉攻撃を受けてフリーマン氏は辞退したオバマ大統領がフリーマン氏を守ろうとしなかったことで、まだユダヤ・ロビーと正面衝突する気持ちはないのかなという感じを受けました。また、今のオバマ大統領の一番重要な問題は経済であって、恐らく中東ではないのかなという印象を持っています。


8(オバマ政権とイスラエル(前回 のつづき)

出川:オバマ大統領は、イスラエルパレスチナの「二国家共存」という目標を明言し、イランとの直接対話を呼びかけています。いずれもネタニヤフ新政権の立場とは相容れません。ですから、両国の関係が冷却化していくのは避けられないと思います。

イスラエルアメリカとの関係が悪化することによって、ネタニヤフ政権が短命に終わるのではないかという見方をする人もいます。今回の総選挙で第一党となり、連立政権への参加要請を何回も受けたカディマのリブニ党首がそれに応じなかったのも、ネタニヤフ政権が短命になることを見越したからだという見方もできると思います。

ただ、アメリカの政治において、イスラエル・ロビー、ユダヤ・ロビーの影響力は大変大きいオバマ大統領が二期目をめざしてゆくのは間違いないでしょうから、イスラエルとの関係を決定的に悪化させることは何としても避けるのではないかとも考えられます。その意味で、仮にパレスチナとの和平交渉が全く進まなくなった場合、アメリカは、そのダメージコントロールに努めたり、あるいはイスラエルとシリアの和平交渉を本格的に仲介したりして、何とかイスラエルとの関係を維持していこうとするのではないでしょうか。

シリアの話に戻りますが、今年一月にシリアのメクダード副外相が来日した時に彼が私とのインタビューで明らかにしたところによると、二〇〇〇年の段階で、シリアとイスラエルとの和平交渉は、実は八五%以上まとまっていて、あと少しで和平合意に調印できるところまで行ったそうです。ところが、イスラエルのバラク首相が署名を拒んだため不調に終わり、今日に至っているという。

シリアは今まで公式、非公式にやってきた和平交渉、これまでの了解事項を下敷きにした形で和平交渉を再開したいと思っています。シリアもブッシュ政権時代は苦渋をなめました。「テロ支援国家」のレッテルを貼られたアサド政権とブッシュ政権との関係はとても悪かったわけで、アサド大統領はオバマ政権の登場を好意的に見ているし、期待を寄せています。アメリカがイスラエルとの和平交渉に本腰を入れて仲介してくれることを、強く望んでいます。

先日、アサド大統領が『朝日新聞』とのインタビューに答えた中でもそうした発言が出ていました。シリア側のオバマ政権に対する期待、そしてイスラエルとの和平交渉再開の期待というのは、かなり大きいようで、その意味でもシリアの動向から目を離すことはできません。

ここで大きなネックになってくるのは、二〇〇五年二月十四日に起きた、レバノンのハリリ元首相の暗殺事件です。これにシリアの政権中枢が関与していたという指摘が国連からも出ていて、この事件を調査するための委員会がつくられ、国際法廷も開かれることになりました。事件へのシリアの関与が証明されると、イスラエルとの和平交渉という話にはなりにくくなってしまうと思います。


9(イランへのオバマ大統領のメッセージ)

高橋:話をイランに移すと、アメリカにとって中東和平というのはイスラエルが動かないと動けないわけですが、イランとの関係改善は、アメリカがやろうと思えばイスラエルの反対を押してでもやることができます。イランをどうするかということについては、アメリカとイスラエル国益が明らかに違う場面が出てくるかもしれない。

そういう意味で注目されるのは、春分の日の三月二十日はイランでは正月(ノールーズ)ですが、この日にオバマ大統領がイラン向けにビデオメッセージを送っています。三分ちょっとのメッセージですが、ビデオにはペルシャ語のサブタイトルがついていて、「お正月おめでとう」という部分は「エイデ・ノールーズ・モバーラック」とペルシャ語で言っている。ペルシャ語の発音は若干改善の余地はありますが(笑)、その努力は大したものです。

オバマ大統領のメッセージは、イランとアメリカの間にいろんな相違点はあるけれど、それは交渉するしかないと「交渉」を強調していて、これまでイランに対して使われてきた「軍事力の行使」という言葉が避けられています。また、「イラン」ではなくて、「イラン・イスラム共和国」という呼び方をしています。アメリカ政府の首脳がイランをこう呼ぶのは、大統領のレベルでは例がありません。これは、「イランのレジーム・チェンジ(体制変革、転覆)は考えていませんよ」というメッセージだと思います。

イラン人は「イランは古代ペルシャ帝国以来、偉大な文明の国である。その偉大さを十分に認知してほしい」という気持ちがあって、中国人に劣らないくらい?中華思想?を持っています。だから、言葉遣いの面では、オバマ大統領はイラン人が納得するような言い方をした。ノールーズは「新しい日」という意味ですが、オバマ大統領のスピーチは、アメリカ・イラン関係の新しい時代を画するものになればという期待を抱かせる内容でした。

ただ、イラン側の対応はそれほど積極的ではなくて、「言葉はいいから、政策で変化を示してほしい」というものです。例えば、オバマ大統領はイランに対する経済制裁の継続を発表しているし、そういう面では、政策面の変化はまだ見えません。

イランの体制内の強硬派にとっては、ブッシュ前大統領のほうが実はやりやすかったのではないでしょうか。ブッシュ前大統領が「イランは悪の枢軸テロ支援国家だ」と言ったことで、イラン国民は現体制に結集せざるを得なかったわけですが、オバマ大統領が手を差し伸べると、国民から「どうしてあの手を握らないんだ」という声が出てくる。イランの指導部は、国民に対する説明のためにも、アメリカのメッセージに対応せざるを得ない状況に追い込まれるわけで、なかなか面白いメッセージだと思います。

三月三十一日からアフガニスタンに関する国際会議が始まります。イランもこの会議に招かれていますが、そこでイラン側の代表とアメリカの代表が、どういう接触をするのかが、とりあえず注目されることです。

また、オバマ大統領のメッセージはイラン国民、イランの指導層と同時に、ロシア、イスラエルや同盟諸国全体に対してのメッセージでもあります。「イランとの交渉のためにやれることは全てやるから、結果が出なかった時は制裁強化なりに、皆さんのご協力をお願いしますよ」という思いが恐らく込められています。そういう意味では、なかなか意味深なメッセージを送ったと思います。



10(核開発を止める可能性はゼロに近い)

出川:イランにとってブッシュ大統領オバマ大統領のどちらが対応しやすいかという話については、イランの指導部はオバマ大統領に対する関心は非常に強いし、期待感も持っていると思います。アフマディネジャド大統領の側近やイランの外務次官に話を聞くと、オバマ大統領がどういう?変化?をもたらすか。そして直接対話の実現への期待感が伝わってきます。

例えば、イランは今年二月にイスラム革命三十周年を迎えて、さまざまな記念式典が行われています。これを取材すると、例年は「アメリカに死を」といったスローガンの書かれた看板や横断幕などが出るのですが、今年はそういうものがなかった。直前にオバマ大統領がイランとアメリカの対話を望む考えを記者会見で明らかにしていますが、それに呼応する形で、「アメリカに死を」というスローガンを式典の場から排除したということでしょう。

実際に、イランとアメリカの対話が進んでいくのかどうか。これはなかなか簡単ではないと思います。しかし、タリバンを封じ込めてアフガニスタンを安定化させなければいけないということについては、アメリカとイランとの間で共通の利益がある。イラクについてもある部分で同じことが言えます。イラクアフガニスタンの安定化を突破口にしながら、アメリカとイランが協力あるいは対話を進めていくというシナリオはあるのではないでしょうか。
ただ、直接対話が決して簡単ではないというのはどういうことかと言いますと、最大の障害はイランの核開発問題です。オバマ大統領は先の記者会見で「数カ月以内にイランと対話ができると期待する」というかなり慎重な言い方をしています。アフマディネジャド大統領も、対話に前向きの姿勢を示しながらも、「公正かつ対等な対話でなければならない」と条件を付けていますし、ノールーズの日のオバマ大統領のメッセージに対する最高指導者ハメネイ師の反応も、「アメリカが対イラン政策をどう改善するのかを見極める必要がある」と、アメリカの対イラン政策の変化が対話の条件であるとしています。


11(核開発を止める可能性はゼロに近い(前回 のつづき)

出川:自らの核開発計画について、イランは一貫して「核の平和利用」を主張して、これを中止する姿勢を一切示していません。イランの主張は、「イランが核兵器を開発している」というのは言いがかりで、国際原子力機関IAEA)だけでなくアメリカの情報機関がまとめた国家情報評価(NIE)も平和利用であることを認めているというものです。「核拡散防止条約(NPT)の加盟国として、核の平和利用を進めてゆく正当な権利がある」と主張しています。

イランにとって核開発は、国の威信そのものをかけた国家的なプロジェクトで、保守派、改革派を問わず、外圧には屈することなく進めるべきだというコンセンサスがあります。仮にアメリカとの対話が始まったとしても、核開発を止める可能性は限りなくゼロに近い。

そういうイランに対して、最も神経を尖らせているのはイスラエルです。イスラエルは国の安全を最優先課題ととらえています。敵対する国が大量破壊兵器、とりわけ、核兵器や核関連技術を持つことは絶対に容認しない姿勢です。一九八一年にイラクフセイン政権が建設していた原子炉を空爆で破壊していますし、二〇〇七年にはシリアの北部にあった核施設をやはり空爆で破壊しています。シリアは否定していますが、この核施設は北朝鮮の支援で建設中だった原子炉と見られています。こうして考えると、イランが核技術を獲得することをイスラエルが黙って見ているというシナリオは考えにくい。イスラエルはイランの「平和目的」という主張を全く信用せず、核兵器開発の意図があるに違いないと疑っています。

そして、イスラエルがイランの核開発にどういう対抗手段を考えているのかということになると、非常に難しい局面が予想されます。国連での非難決議や、イランに対する経済制裁は効果があがっているとは言えません。イランの核開発を停止させるどころか、スローダウンさせることさえできません。イスラエルは、このまま手をこまぬいているとイランが核兵器を開発する能力を身に付けてしまうと懸念しています。実際、あと一年ないし一年半で、イランは核開発能力を身に付けると指摘する専門家もいます。

制裁や外交交渉といった手段でイランの核開発を止めさせることにも時間の制限があります。イスラエルは、オバマ大統領がイランに対し最後通告の形で交渉することには反対しないけれども、無条件に対話を進めればイランの時間稼ぎに利用されるだけだと懸念しています。「もはやイランの核開発を止めることができない。このままではイランが核保有国になる」と判断した時点で、イスラエルは行動を起こすでしょう。


12(核開発を止める可能性はゼロに近い(前回 のつづき)

出川:イスラエルがイランの核開発を止める方法としては、空爆による軍事作戦で核施設を破壊する方法が一つあります。ただ、核施設は地中奥深くに建設されており、しかも一カ所だけではありません。それから、先ほども指摘したように、イランは反撃能力を持っていて、イランのミサイルはイスラエルを射程におさめています。このように考えますと、イランに簡単に手を出せる状態ではない。

それから、イスラエルからイランへの航続距離は非常に長いので、途中で戦闘機に給油しなければならないという問題もあります。また、大量の爆弾を積んだ飛行機がどの空域を通ってイラン攻撃を行うのか。どうやって作戦を継続するのかという問題があります。できれば、アメリカの積極的な協力、支援が欲しいところです。

しかし、仮にアメリカが「イランへの攻撃には協力できない」と言った場合でも、イスラエルがイランの核開発を黙って見過ごすとは思えません。地上で特殊工作員が作戦を行うなどの方法も含めて、何としても実力で阻止する行動に出るでしょう。とにかく「時間との戦い」です。

イスラエルの信頼できる消息筋は、「イスラエルにはイランの核開発を止めさせる確かな手段がある。アメリカの支持が得られなければ、単独でも実行する。その能力があるかと質問されれば一〇〇%イエスと答える」と私に述べました。具体的にどういう方法になるかは明らかにしていませんが、イスラエルが着々とその準備を進めているのは間違いないと思います。



13(クライマックスが近づいてきた)

高橋:イスラエルはいつまでも待たないというご意見に賛成です。やはり、危機はだんだんと迫っている。砂時計の砂がだんだん少なくなっているという気がします。

そこで、オバマ政権はどうするのか。イランがウラン濃縮を止めないとの前提に立つと、落としどころとしては、イランのウラン濃縮を認めつつ、厳しい査察を行うという妥協案でしょう。オバマ大統領は「核武装は許さない」と言っているだけですから、アメリカはそれでイランと共存が可能かも知れません。けれども、イスラエルは、イランのウラン濃縮そのものを許さないとの立場です。オバマ政権は、もうしばらくしたら、この問題で非常に大きな決断を下さないといけません。イランのウラン濃縮を何らかの形で認め、イスラエルと違う道を歩むか、あるいはイスラエルに協力してイランの核施設そのものを破壊するのか。つまりイランとの戦争に踏み切るのか。そういう意味ではクライマックスがだんだん近づいてきたと思います。

そこで気になるのはアメリカの世論です。アメリカの世論が新たな戦争を望むかどうかは大きな疑問です。アメリカに住むユダヤ人を対象にした世論調査では、「イラン討つべし」という意見と、「いや、もう戦争はいい」という意見がかなり均衡しています。そういう意味では、オバマ政権がイスラエルと違う政策をとるオプションは十分あり得ますが、いずれにしても難しい決断になるでしょう。