zames_makiのブログ

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ホロコーストでローマ法王を批判するイスラエルの言葉はプロパガンダなのか?

 2009年5月11日ローマ法王ベネディクト16世はヨルダン訪問に続いて、イスラエルを訪問しキリスト教施設よりも先にホロコースト記念館を訪問した。しかしこの機会にイスラエルからは法王を批判する言葉が国会議員なども含めて出されている。それはホロコーストを否定する(?)バチカンへの正しい批判なのだろうか、それともそれ以外の何かなのだろうか?

(諸ニュースによる事実・下段記事参照)

A:ローマ法王イスラエルホロコースト記念館を訪問。「虐殺犠牲者の苦しみが否定されてはならない」などと追悼をした。
B:記念館長、イスラエル国会議長、地元メディアは法王を批判した。「ホロコーストについて謝罪しなかった」「ナチス・ドイツが加害者だったこと言わない」
C:ローマ法王は、到着したエルサレムでも「イスラエル人とパレスチナ人双方が国際的に認知された国境に基づく故郷で平和に生活できる解決を見いだしてほしい」と演説し、パレスチナユダヤ2民族の共存と平等性を明言している。更にその後訪れたパレスチナ自治区ベツレヘムでは「パレスチナ国家の樹立を支持」「分離壁を批判」「パレスチナ人の移動の自由を求める」など将来でも又今現在のパレスチナの現状においてもイスラエルを批判しパレスチナ人を支援している。
D:(参考事実)法王はホロコースト記念館にあるバチカンの責任を糾弾する記述のある部屋には行っていない。又第2次世界大戦中のローマ法王ピウス12世は聖人に列する審査過程にある。しかし同時にバチカンは2009年2月4日には「法王はホロコーストを否定しない立場を明確に表明している」との声明を出している(朝日新聞2009年2月15日)。

イスラエルはなぜローマ法王を批判するのか)

イスラエルユダヤ人のローマ法王への批判のありかたは以下だろう
1:ヒットラー青年隊であった法王自身にも責任はあると告白し、謝罪しない、から批判する
2:当時のローマ法王ホロコーストに沈黙し公的に抗議しなかった、その責任に言及しない、から批判する
3:ホロコースト否定論の神父の破門を解いた、から批判する
4:法王は今回パレスチナ問題に対し、パレスチナユダヤ2民族の平等性を明言し、パレスチナ人の権利を認める事を呼びかけ、暗にイスラエル国家のしている人種差別を批判した、から批判する

(法王を批判するイスラエルへの批判・疑問)

ア)2009/5/12 仏テレビF2は「ピウス12世はナチス批判を公けには言わなかったが、戦争中は1942年のクリスマスには人種で無差別に残虐な行為をしてはいけないとホロコーストを批判している。又、戦争中多くのユダヤ人を救っており、これにイスラエルも公的に感謝している。戦争中ホロコーストから救われたユダヤ人の95%はバチカンによるものだ。」とイスラエルの言い分を否定する歴史小特集コーナーを例外的に設けて放送した。
  →従って2は怪しい。ナチス時代のローマ法王ホロコーストへの態度にについては、バチカンイスラエルの間で認識が異なる。これをローマ法王が単に謝罪しないだけ報じるのであれば、それはイスラエルプロパガンダなのではないのか?


イ)ホロコースト否定論者のイギリス人神父の破門を解いた件についてローマ法王は実質的には説明が不十分だったとして既に謝罪している→従って3は怪しい、未だにそれを問題にするのはおかしい。


ウ)当時14歳だったローマ法王はのドイツ人少年としてヒットラー青年隊に入ったが、それは法による義務であり強制であった。1939年14歳でヒトラーユーゲントへ加入し、1943年には学友たちと共に対空防衛補助活動に動員され、1944年にいったん自宅へ戻ることができたが、再び動員されて歩兵としての訓練を受けている。現在のドイツ人の歴史認識で言えばこうした個人に謝罪を求めるのは規範の外であろう。→従って1は怪しい。これを法王に問い続けるのは適当と思われない。

ブログ記者の結論:

上記ア〜ウを考えると、ユダヤ人は表面的には1〜3で批判しているが、実際には4を動機に批判していると考えるべきに思う。要はイスラエルローマ法王イスラエルの政策を批判し、パレスチナ問題でイスラエルを支持しないから批判しているのではないだろうか。即ちイスラエルローマ法王への批判はホロコーストの責任の点へではなく反イスラエルの点なのが本音だろう。こういったイスラエルによる他者批判の仕方は米国で(いや日本でも同じだが)イスラエルの政策を批判した記者や学者、彼らを反ユダヤ主義者だとして糾弾するやり方と、同じように思う。要はホロコースト否定という大ネタでイスラエルパレスチナへの不当で残虐な政策への批判を封じ込めようとしているのだ。
 従って、これをカトリックユダヤ教の宗教対立、バチカンユダヤ人のホロコーストに関する歴史認識の対立の問題、のように捉えるべきではないように感じる。それは政治的な問題、プロパガンダの問題ではないだろうか。



−−−−(参考ニュース記事)−−−−

ローマ法王ホロコースト記念館で犠牲者を追悼(共同通信 2009/05/12)

 法王は英語で「ホロコーストという惨事で殺された数百万人のユダヤ人を追悼する」などと演説した。「虐殺犠牲者の苦しみが否定されてはならない」と追悼。
 (ただし前法王ヨハネ・パウロ2世は同記念館で2000年に行った演説で「ユダヤ人に対するキリスト教徒の憎悪、迫害行為」に「深い悲しみ」を表明し、イスラエル国民の感動を呼んだような言葉は述べていない)

記念館長やイスラエル国会議長がローマ法王を批判「謝罪しない、虐殺の責任がある」(共同通信 2009.5.12)

 エルサレムホロコーストユダヤ人大量虐殺)記念館理事長でユダヤ教指導者のイスラエル・ラウ師は11日、ローマ法王ベネディクト16世が同記念館で行った追悼演説について「ナチス・ドイツが加害者だったことに言及しなかった」などと批判した。記念館側が追悼演説を公然と批判するのは異例。法王がドイツ人でナチスの青少年組織に一時所属した経歴や、ホロコーストをめぐる見解の違いなどから法王庁イスラエルの関係はぎくしゃくしており、演説が新たな摩擦を招く可能性もある。

 イスラエルのリブリン国会議長は12日、ローマ法王ベネディクト16世がホロコーストユダヤ人大量虐殺)記念館で11日に行った追悼演説に関し、法王がドイツ人なのに「ホロコーストについて謝罪しなかった」と批判した。イスラエル放送のインタビューで語った。リブリン議長は、法王がナチス・ドイツの青少年組織に所属していたことなどを指摘し「彼は(ホロコーストの)責任を負う一員だったのに、歴史家や傍観者のような発言をした」と述べた。

生存者や地元メディア、ローマ法王を批判「虐殺への謝罪うかがえない」(読売新聞 2009年5月12日)

 イスラエルを訪問中のローマ法王ベネディクト16世に、ナチス・ドイツによる「ユダヤ人虐殺の生存者」や「地元メディア」から、「ドイツ人の法王の言葉からは謝罪の気持ちがうかがえない」といった批判が相次いでいる。
 自身が生存者のイスラエル・ラウ同館理事長の口からは、「ナチスへの言及がなく、謝罪どころか、遺憾の意さえ感じられなかった」との批判が飛び出した。同館関係者が賓客を批判するのは異例。

ローマ法王パレスチナ人とユダヤ人の共存を呼びかける(日本経済新聞 2009年5月11日)

 中東訪問中のローマ法王ベネディクト16世は11日、イスラエルに到着。法王はテルアビブ・ベングリオン空港での歓迎式典で「(イスラエル人とパレスチナ人)双方が国際的に認知された国境に基づく故郷で平和に生活できる解決を見いだしてほしい」と語り、パレスチナ国家樹立によるイスラエルとの2国家共存を呼びかけた。
【ブログ記者注:日経新聞始めいくつかの新聞はこのローマ法王の発言に「2国家共存」と見出しをつけているが、法王の発言の中にはそれはない。確かにアメリカは2民族2国家案を進めている。しかしガザや西岸が封鎖され分断され疲弊している現状を観察して専門家はもはや2国家案は不可能だ、経済的実質的に成立しないとの感想を述べている】

ローマ法王パレスチナ国家樹立の必要性を強調(読売新聞 2009年5月13日)

 中東歴訪中のローマ法王ベネディクト16世は13日、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸ベツレヘムで中東和平の促進を訴え、「パレスチナ主権国家を築く権利を支持する」とパレスチナ国家樹立の必要性を強調した。

 法王庁イスラエルパレスチナの「2国家共存」を一貫して支持しており、ベツレヘムで法王を出迎えたパレスチナ自治政府アッバス議長は「バチカンの立場に感謝したい」と述べた。
 これに先立ち、イスラエル外務省報道官は「法王は政治利用されている」などとコメントしていた。
【ブログ記者注:イスラエルパレスチナ人がローマ法王を政治的に利用していると主張しているが、イスラエルも明らかにローマ法王を政治的に利用している。法王のエルサレムの聖地訪問では、ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」を訪れる映像はあっても、イスラムの聖地のモスク訪問の映像はない。これはイスラエル当局がパレスチナ人メディアの取材を規制し、撮影をまったくさせなかった為だ。そして反対にユダヤ教の聖地「嘆きの壁」を訪れた時にはそうした規制はまったくなかった為である。そうアルジャジーラTVが伝えている。】

ローマ法王、西岸の分離壁を批判(産経新聞 2009.5.14)

 ローマ法王ベネディクト16世は13日、イエス・キリストが生まれたとされるヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ベツレヘムでのミサの後、近郊のアイダ・パレスチナ難民キャンプを訪れた。

 法王は、イスラエルが西岸に建設している「分離壁」に接する同キャンプで難民たちに対し、「(イスラエルによる)拘束や移動制限で分断されている人々をみると心が痛む」と語りかけ、「あなたたちの激しいいらだちは理解できる。パレスチナ国家を切望する正当な願いは、いまだに成就していない」とパレスチナ人の立場に理解を示した。

 法王は分離壁の実態に衝撃を受けた様子で、「壁は、あなた方(パレスチナ人)の土地を侵犯し、隣人同士を隔て、家族を離れ離れにさせている」とアッバス自治政府議長に語るなど、何度も分離壁に言及。「壁が永遠に存在することはない。いずれ取り除かれる」と述べ、「まず、われわれの心の周りに自分自身が築いた壁を取り除く必要がある」と強調した。

ローマ法王パレスチナとの連帯強調「移動の自由望む」(朝日新聞 2009年5月13日)

 中東歴訪中のローマ法王ベネディクト16世は13日、キリスト生誕の地とされるヨルダン川西岸のベツレヘムを訪問した。アッバス自治政府議長が出迎えた式典で、「あなた方が被り続けている苦難を私は知っている」と述べ、パレスチナ側との強い連帯感を示した。
 「家族間の交流や(エルサレムの)聖地への往来など、(パレスチナ人の)移動の自由が認められるようになることを望む」と述べた。
 この日午後訪問したベツレヘム近郊アイダのパレスチナ難民キャンプでも、法王は「独立したパレスチナ国家を求めるあなた方の正当な熱望はかなっていない。そのかわりに窮屈な場所に閉じこめられている」と話した。「今もなお(分離)壁が建設されているのを見るのは悲劇だ」とも語った。

 この日の法王の一連の発言は、イスラエルパレスチナの2国家共存による和平達成を促すとともに、イスラエルの対パレスチナ強硬政策を強く批判するものだ。