HIROSHIMA: OUT OF THE ASHES(1990米)米TV原爆ドラマ
日本題名:ヒロシマ(未公開・ビデオ発売)
メディア:TVM 100分 製作国:アメリカ 劇場未公開・ビデオ発売
監督:ピーター・ワーナーPeter Werner(アメリカ人映画監督)
脚本:ジョン・マクギビーJohn McGreevey、クレジットに日本人被爆者に聴取の記述あり
出演:
ジャド・ネルソン(Pete Dunham)米兵捕虜、B29搭乗員だが撃墜される、地下で被爆を免れ逃亡するが日本兵につかまる、
Ben Wright(Tom Reese)米兵捕虜、Dunhamと共に逃亡するが、原爆症で病院で死ぬ
マックス・フォン・シドー(Siemes神父)ドイツ人神父、最初はクリスチャンだけ救護するが被爆後は全ての日本人を助ける
?(神父の従者1)太った日本人従者、おどけ者
?(神父の従者2)メガネの日本人従者、おどけ者
タムリン・トミタ(Sally)広島在住の日系アメリカ人(アメリカ国籍)、夫は日本兵、妊娠中、憲兵の監視を受けてる、被爆後に元気に出産する
パット・モリタ(Yoodo Toda)サリーの父、優しい、被爆して死ぬ
Kim Miyori(Ota夫人)サリーと同居、夫は戦死しアメリカに殺されたと文句を言いサリーと喧嘩する、被爆して髪が抜け、死ぬ?
?(マサオ)サリーの子供、可愛がる、被爆するが軽傷
?(ヨシオ)オータ夫人の子供、被爆して似島に送られる?
Stan Egi(ハラ医師)広島郊外病院の医師、被爆者の治療を行う、爆心地からで血液検査まとめ原爆症である事を確認、
Shizuko Hoshi(Yama看護婦)ハラ医師と働く、病院の窮状を訴える
マコ岩松(Moritaki軍曹)日本兵、似島で子供の被爆者の面倒見る、アメリカ映画が好き、
John Fujioka(Imachi軍曹)学校で軍事教練している兵士、被爆後も救援活動を行う
感想
戦争反対を訴える平和指向のアメリカ製原爆映画、TV局製作のTVムービーで制作費が少なく日本の再現性に問題がある。原爆投下前日から投下後終戦までの期間を描いており、上映時間の大半が被爆後の悲惨な状況の描写に当てられており画期的だ、原爆で死ぬ捕虜の米兵、原爆で親を失う日系アメリカ人女性、ドイツ人神父などを配し、アメリカ人観客の共感を得るよう配慮されている。原爆の描写は、悲惨さが足りないが概ね正しい、更にいくつかの酷い火傷の場面もあり、この部分は日本の原爆映画にもない、悲惨な描写になっている。被災者はアメリカを恨むことなく、主人公は戦争が原因であり戦争が悪いと言う、捕虜の米兵は原爆で荒廃した広島の街を見せられ唖然とする、など悲惨な原爆、戦争反対は明確だ。だが日本人の描写が日系アメリカ人そのものであり日本人らしくなく、原爆の描写も違和感があり日本人から見ると共感は難しい。中の中。
脚本はアメリカ人だが被爆者の協力がクレジットされており、1990年という時期も考えると、脚本段階では十分広島の状況を知って書かれたと思われる、しかし日本人から見ると不満が多い。日系アメリカ人がそのまま日系アメリカ人的に演じており日本人らしくない事、投下前の広島の町並みは日系人街をそのまま利用している事、被災者はレンガに埋まるのであり倒壊した建物でない事、主人公らは被爆しても元気で死なず、亡者のような被災者の行列はなく、被爆者の描写に違和感がある事、被爆者のその後の死や健康不安などの物語がない事など、多くの欠点がある。だが演出や物語の意図は原爆の悲惨さと戦争の罪悪を訴えている点では明確で優れた物だ。
他の欠点は、大半を占める被爆後の悲惨な状況に物語性がない事で、多くの被災者の様子を描くが、点描の繰り返しにすぎず感情移入やより深い理解を妨げている。1人の人間の死の過程を追ったり、親子の愛など感情を描くまでに至らない。出来事の羅列はいかに悲惨な状況でも、映画としての作り事にすぎず飽きを生じさせている。
日本の原爆TVドラマでも類似の傾向はあり、観客の忌避を心配しての真に悲惨な描写の回避、ある種定型的な語りや描写による飽きなどは同じだろう。逆に言えば「ひろしま」や「はだしのゲン」の物語が如何に内容豊富で、あるいは体験者によるユニークな物で、それらが優れているのを逆説的に示す。
物語
いくつかの集団の被爆によるエピソードが語られる。
1日系アメリカ人の夫人(サリー)は、夫が日本兵だが本人はアメリカ人で広島でもアメリカ風の生活をしている。原爆で父親は酷い怪我もなく帰宅するが翌日には死ぬ。子供(マサオ)は顔が火傷で痛いと訴える。同居している洋田夫人?は被爆し髪が抜ける。子供が怪我をして似島へ送られたとの知らせを受け、漁師に金を渡し渡ろうとするが、秘密らしく病院を発見できない。サリーは原爆の後無事出産する。
2ドイツ人神父は愚かな日本人従者を叱りつつ戦時下も日本で教会活動をしている。原爆で教会は無事で多くの被爆者が助けを求めにくるが何もできない、一人の女は気分が悪いと訴えた数時間後には死んでいる。神父は孤児を救い教会で面倒を見る。やがて孤児院に渡すのだった。
3広島の郊外の病院で働く原医師は、その病院でたった一人生き残った医師だった。病院は無事だったが集まる被爆者に薬は切れできる事は少ない。看護婦は窮状を訴える。火傷をしている者が多いが、火傷も怪我もないが具合が悪く吐く者がおりやがて死ぬ。この症状を不思議がった原医師は顕微鏡で血液検査を行い、広島中心に行くほど血圧が低く症状が酷い事を発見する。やがて原爆であったとの報にうなづく。
4前日に広島にビラを撒きにきたB29搭乗員のダンハムは撃墜され日本軍の捕虜になる。ビルの地下で監禁されるが原爆でビルも破壊、生き残った仲間の捕虜3人で脱走する。あちこちで火事が発生する中、防火水槽(肥だめ)にはいって生き残る。だが2人になっている。山中に逃げるがぼろぼろになった被爆者に睨まれ、ついに囲まれて石を投げられるが日本兵に捕まり助かる。共に脱走した相棒は具合が悪く病院で見てもらうが原爆症で死ぬ。やがて終戦、日本を憎んだ彼に日本軍将校はたった一発の原爆で一面の廃墟と化した広島の街を見せ、憎むのではなく戦争がいけないと悟らせる。
5似島の救護所で働く日本兵(モリタキ軍曹)は救護所の少年たちに親切にしてやる。死んだ親友からその母に渡すべくノートを預かった少年はそのノートをなくしてしまい泣く。軍曹はなぐさめ、終戦ではいち早くアメリカ軍の到来を予測し、アメリカ軍と仲良くする事を宣言して去る。
気になる原爆や日本の表現
- 学校の軍事教練は刺突訓練ではなくナギナタ術の様、指導兵士は優しく殴らない
- 神父の教会は前庭が広く開放的でまるでメキシコのよう
- 広島の街はビル街でシカゴのよう、被爆で倒壊し被爆者は皆レンガに埋もれている
- 広島弁や具体的地域の話題など広島の地域性を示す言動や物語が皆無、戸外のシーンは少なく畑はカリフォルニアの如し
- 防空班長はサイレンが鳴っているのに日中から女と性交をしていて恥じない
- 被爆者は廃墟の町中を走り回り元気、火事はあちこちに見えるが燃え広がる雰囲気はなく、倒壊した建物に閉じ込められ火事で死ぬ危険性は見えない
- 原爆爆発は閃光はなし、強い爆風は表現されるが、あまり深刻でなく巨大な爆弾の如し
- 多くの人間が死に、大きな街が廃墟になった、という台詞はない、死傷者数への言及はない、被爆者のその後への言及はない
- キノコ雲は広島原爆のものではなく、核実験のもの
- 川に入り死ぬ多くの人がいるが入水自殺のよう、水面を埋める死者などはない
- 被災者は大人、子供まんべんなく描かれ、日本で描かれる建物疎開中の子供の死は焦点化されない、被爆前も後も町中に日本兵の姿が多く、何かあればすぐに日本兵がやってくる