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イスラエルを批判するユダヤ・ロビー

以下は高橋和夫教授(放送大・中東研究)のブログに掲載された氏の記事のコピー。大変興味深い記事だが残念ながら掲載誌「季刊アラブ」は普通の図書館では閲覧できないため、便利のためコピーする。

イスラエルを批判するユダヤ・ロビー/Jストリート」高橋和夫
『季刊アラブ』第131号、2009年冬号、26〜28ページ
http://ameblo.jp/t-kazuo/entry-10423316167.html#main

Kストリートのロビー団体

 今ワシントンで話題のロビー団体はJストリートである。2008年4月に発足したばかりの組織が話題をあつめているのは、イスラエル支持をうたいながらも、イスラエルの政策に批判的だからである。たとえばJストリートは2008年末にイスラエルが開始したガザに対する攻撃を批判した。
 それでは、この団体は何を求めているのだろうか。それは、アメリカの積極的関与による中東和平の実現である。具体的にはパレスチナ国家の樹立による二国家解決案による問題の収拾である。言葉を変えるならばオバマ政権の中東政策の支持である。Jストリートのスローガンを借りるなら、「イスラエル支持、平和支持」である。
 これまでアメリカのユダヤ人組織の大半は、イスラエル政府が、どのような政策を採ろうが、無条件で支持してきた。ところがJストリートは、イスラエルの政策を公然と批判しつつ、しかもイスラエル支持を強調している。この団体の新しさである。このJストリートとは、いかなる組織なのか。2009年9月にワシントンのJストリートを訪問した。


 Jストリートで最初に気がついたのは、その住所である。実はJストリートはJストリートではなく、他の多くのロビー団体と同じくKストリートに位置している。18世紀末から計画的に建設されてきたアメリカの首都ワシントンでは、アルファベットを冠した通りが東西に走っている。H通りとかI通りとK通りのようにである。ところが地理上にはJストリートは存在しない。Jストリートという名前は、この存在しない地名にちなんでいる。つまり、これまで存在しなかったようなロビー団体たらんとする意志を反映した組織名である。

 Kストリートのオフィス・ビルの一角を占めているのだが、まだ組織の看板さえ出ていなかった。テロでも警戒しているのかと尋ねると、いや引越ししたばかりで、まだ出来上がっていないと広報担当のクルブシ氏が応えてくれた。確かに手渡された資料には、まだワシントン郊外の古い住所が印刷されたままである。郊外から市内に移動してきたというのは、それだけ組織が急拡大しているからだろうか。ちなみに、同じビルにワシントン近東研究所が入っている。イスラエル寄りとして知られるシンク・タンクである。

2.9対4

 クルブシ氏によると、アメリカの積極的な関与による中東和平の実現が、イスラエルユダヤ性と民主制を守る唯一の政策である。この議論の背景にあるのはパレスチナにおける人口動態である。大まかに言うと、現在のイスラエルの総人口は720万である。この内の四分の三は、ユダヤ人で、残りの四分の一がアラブ人つまりパレスチナ人である。実数では、ユダヤ人は540万で、アラブ人が180万である。そしてガザ地区に140万、そしてヨルダン川西岸に240万のパレスチナ人がいる。イスラエル市民権を持つパレスチナ人とガザ地区ヨルダン川に西岸地区のパレスチナ人を合計すると560万になる。つまり歴史的なパレスチナ、つまりイスラエルと占領地であるガザと西岸を合わせた地域では、540万のユダヤ人と560万のパレスチナ人が住んでいる計算になる。既にユダヤ人は少数派となっている。
 しかも出生率でみると、イスラエルユダヤ人は2.9であるのに対して、イスラエルの市民権を有するパレスチナ人は4である。占領地の場合、この数値はさらに高い。つまり出生率パレスチナ人はユダヤ人を上回っているので、パレスチナ全体でみるとユダヤ色は日々薄まっている。ユダヤ人のマイノリティー化が進んでいる。
 そしてイスラエルユダヤ性が薄まってゆくのと同時に、その民主制も腐食しつつある。イスラエルヨルダン川西岸の占領とガザの封鎖によって、自らの民主主義的なリベラルな価値を失いつつある。

 イスラエルがリベラルな民主制を維持し、しかもユダヤ性を維持したければ、占領地を切り離すしかない。そして、そこにパレスチナ国家を樹立するしかない。その新国家とイスラエルが平和裏に共存する。それが民主制とユダヤ性を維持する唯一の方法である。占領を続けパレスチナ人の人権を蹂躙し続けるイスラエルは、ユダヤ人たちが夢見てきたリベラルな民主国家ではない。常にテロと戦争の影に怯え臨戦態勢にある国家では、民主主義的なリベラルな価値は窒息してしまう。こうした発想がJストリートの主張の背景にある。
 しかもイスラエルの内政を考えると、イスラエル政府には和平のための大幅な譲歩は期待できない。なぜならば、イスラエル全体を単一区とする比例代表制度は小党群立を助長するからである。歴史上、議会の過半数を制した政党はいまだ存在した例がない。イスラエルの政治史は、短命の連立政権の歴史である。イスラエルの内閣の平均寿命は22ヶ月に過ぎない。これでは、和平のための大胆な動きをイスラエル政府に期待するのは、奇跡を待つようなものである。
 奇跡の代わりにアメリカの影響力で中東に和平を実現したい。アメリカのみがイスラエルを和平の方向に引っ張る力を持っているからだ。Jストリートの活動を支える情勢認識である。

ユダヤ人のイスラエル離れ

 ところが既存のアメリカの親イスラエル団体は、イスラエル政府の立場を無批判に支持する余り、イスラエルの真の国益に反してきた。イスラエルを愛するのであれば、イスラエルを批判すべきである。真の愛は、時には厳しさを伴うべきである。アメリカのユダヤ人の大半は、イスラエルに批判的であるにもかかわらず、既存のユダヤ人組織は、その声を吸い上げてこなかった。とJストリートの創設者たちは考えて2008年に行動を開始した。
 こうした認識は正しいのだろうか。本当にアメリカのユダヤ人たちはイスラエルに批判的なのだろうか。Jストリートの発表している世論調査の結果を見ると、2008年の大統領選挙では78パーセントのユダヤ系市民がオバマに投票した。また80パーセントは、オバマ政権の積極的な関与を望んでいる。また60パーセントが占領地への入植に反対している。数字はJストリートの主張を裏付けている
 既存のユダヤ組織の問題は、ユダヤ系市民の意見を吸い上げていないばかりではない。ユダヤ系市民のイスラエルへの関心の低下を見逃している。若い層になればなるほど、イスラエルとは距離を置き始めている。多くの若いユダヤ系市民にとっての政治的な最大の関心事は、経済であり、医療保険改革である。イスラエルに対する興味は、存在するにしても下位に位置している。これは、イスラエルに賛成とか反対とかの以前の問題である。もしイスラエルに興味を抱かなくなれば、話にもならない。ホロコーストを同時代の記憶として意識している層は、引退しつつある。既存のユダヤ組織は、若いユダヤ人の支持を失いつつある。
 Jストリートの目的の一つは、若い層への訴えである。それでは、いかなる方法で若い世代の心をつかもうとしているのだろうか。それはインターネットである。創始者の一人で専務理事のジェレミー・ベンンアミは、クリントン大統領期にはホワイト・ハウスで働いていたが、その後の2004年の大統領選挙では、民主党の大統領候補指名を争ったハワード・ディーンの選挙参謀であった。バーモント州の知事から立候補したディーンは、予備選の緒戦では善戦した。だが結局はケリー候補に敗れた。そして、このケリー候補が本選挙で現職のブッシュに敗れた。そのディーンの選挙で一番注目されたのがインターネットの利用であった。
 ちなみにディーンはその後に民主党の全国委員長に就任し、2008年のオバマの当選を背後から支えた。このオバマの選挙キャンペーンは、2004年には存在しなかった動画サイトのユーチューブの活用などディーン以上の大規模かつ巧みなインターネットの利用で記憶されている。そのディーンのインターネット選挙を支えた人物が、今度は同じ手法で新しい親イスラエル組織の構築に挑戦しているわけだ。

6千万ドル 対 3百万ドル

 ロビー組織の力量を測る基準は集金能力である。Jストリートは、2008年に大統領選挙と同時に行われた連邦議会選挙では、支持する候補者のために半年で約60万ドルを集めた。この資金が41名の上下両院の候補者に投入され、その内の33名が当選を果たしている。
 既存のユダヤ組織の代表格は、エイパックAIPAC(アメリカ・イスラエル公共問題委員会)である。エイパックは、反イスラエル的と見なす議員の選挙区に、刺客候補を送り込む。そして、その刺客に全米のユダヤ系市民からの寄付が集中するという仕組みを作り上げている。これが、政治家のイスラエルに批判的な言動を封殺してきた。
 しかし、Jストリートは二つの武器で、エイパックに抵抗しようとしている。第一は世論調査の結果である。イスラエルに批判的なユダヤ系市民が多いという数値である。世論調査の結果から判断すれば、イスラエル批判は自動的なユダヤ票の喪失を意味しない。第二にお金である。資金面での援助によって議員たちにオバマ政権の中東政策を支持するように訴えている。
 組織としてのJストリートは、2009年9月段階では4人のロビーイストを雇用しており、さらに2名の追加雇用の予定とクルブシ氏は語ってくれた。このロビーイストというのが、直接に議員に働きかける実働部隊である。
 支援者としてはインターネットで10万人が登録している。この中の2万人が寄付をしている。登録した支持者は、また議員へJストリートの立場を訴えるメールを送るなどの活動に関与している。

 この組織の成長を示したのは、2009年10月に開催されたJストリートの大会である。この会に誰が出席し、誰が欠席するのかが注目を集めた。欠席者で目立ったのは、駐アメリカのイスラエル大使であった。出席者の代表は、この会の基調講演者であったジョーンズ将軍であった。オバマ大統領の国家安全保障問題の補佐官である。ジョーンズ将軍は、講演でオバマ政権の中東和平への強い意志を確認した。また40名の連邦議会の議員が出席した。さらにはイスラエルからペレス大統領やリブニ前外相がメッセージを送って、Jストリートの会を祝した。誕生から2年もたたない組織の会にしては、異例の盛り上がりであった。もはやJストリートを無視しては、アメリカのユダヤ系市民の政治活動は語れなくなった。

 しかしながら、既に言及したエイパックの年間予算が6千万ドルなのに対し、Jストリートの予算は3百万ドルである。前者の5パーセントである。力の差は歴然としている。今後Jストリートが、どのくらいのスピードで、どのくらいの力を持つようになるのだろうか。その答えが、オバマ政権の中東政策を占う判断材料となろう。