zames_makiのブログ

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人間魚雷回天(1955)戦後最初の特攻映画

=けして声高でなく自然に特攻を憎みたくなる苦悩の物語
87分 日本 製作・配給:新東宝 公開:1955/01/09
監督:松林宗恵 原作:津村敏行 脚本:須崎勝弥 音楽:伊福部昭

出演:
岡田英次(朝倉少尉)回天特攻乗組員の将校、予科練生で1年半の海軍経験しかない、大学経済学部出身で学徒兵、前夜もドイツ語の本を読む、出撃するが故障で海底に沈む
木村功(玉井少尉)回天乗組員、寂しくて仕方がない、恋人早智子が偶然会いに来る
宇津井健(村瀬少尉)回天乗組員、2回出撃し故障で帰り、3回目となる
高原駿雄(川村少尉)回天乗組員、娑婆では僧侶、特攻前夜はどんちゃん騒ぎ
和田孝(岡田少尉)回天乗組員、訓練中に海底に激突し死ぬ
沼田曜一(関屋中尉)回天訓練指揮官で後に乗組員、予科練出身
原保美(陣之内大尉)兵学校卒の乗組員らの上官、予科練出身者を殴る
細川俊夫(有馬少佐)回天部隊指揮官
殿山泰司(大野上水)中年の従兵、娑婆では寿司屋
加藤嘉(田辺一水)老年の従兵、娑婆では大学教授、出撃前夜朝倉少尉と語り合う
小高まさる(松本上飛曹)回天乗組員の下士官、村瀬少尉が特攻から帰ってきたため順番を後回しにされ村瀬にくってかかる、18歳
佃田博(北村兵曹)下士官、海軍で10年すごしこれが海軍精神だと従兵を殴る
津島恵子(真鍋早智子)玉井少尉の恋人、偶然前夜に部隊に面会に来る、料亭にまで訪ねてくる、
坪内美子(碇荘の女将千代)

感想

 戦後最初の特攻映画で、特攻隊員の苦しみを見事に描いた傑作だ、特攻隊員含め全ての登場人物は誰も特攻にも戦争にも反対していないが、彼らの様々な苦しみが正面から描かれ、特攻の残酷さ・愚かさが強く印象づけられ、自然に戦争を憎みたくなる映画だ。特攻隊員は特攻をしなければいけないと受け入れているが、自分の死を納得しておらずそこで大変苦しむ。苦しむ彼らを軍は非人間的に扱い彼らの苦しみを増すだけだ。映画の焦点はこの行き場のない苦しみ描写に当てられこのため前半は心地よいものではない。1970年代の死を覚悟した勇ましさの強調や、ごく最近の泣かせるための特攻映画(永遠の0など)と大きく異なっており、比較すれば最近の特攻映画の観客を泣かせる為の意図的な構成に気づかされる。

 特攻隊員は演じる俳優こそは若くは見えないが、映画を見ていれば彼らが死ぬにはあまりに若い事がわかる。彼らは1年半前までは大学生だった予科練生であり長年軍にいる職業軍人の犠牲にされている様に見える。だが特攻隊員には更に若い何もわかっていない下士官もいるという残酷さがさりげなく提示されている。
 また軍隊の階級の醜さもよく描かれており、特攻隊員でも些細な理由で上官から殴られ、隊の指揮官は予科練生を信用しておらず、軍に長年いる下士官は階級は下でも予科練生を馬鹿にしている、例え特攻隊員でも予科練出身者は兵学校出身者より下とみられており差別されているのに驚かざれる。一方予科練出身者も自分より年上の一等兵を召使いにして平気なのだから恐ろしい。これだけ軍の中の階級差の醜さを示した映画は珍しい。
 特攻そのものの残酷さもよく出ている、特攻機回天が狭く、一度乗ると自分では降りられず外の様子も自分の進路も判らず、ただ死ぬためだけに一生懸命操作する様は本当に残酷そのもである。しかもその彼らの命を軍指揮官がまったく軽く扱っている様子にも驚く。
 特攻前の最後の夜に特攻隊員が料亭でどんちゃん騒ぎをし公然と売春をする姿は醜いが、彼らの苦しみを知れば責められず、全体で悲しみを増すエピソードだ。そこに恋人がやってくる設定はやり過ぎに思えるが、恋人たちの若さと知り合い理解し合ったりする時間もないという様子を知れば、こういうものかもしれないと納得せざるを得ない。
 最も感動したのは、特攻もしないベテラン下士官が特攻隊を理由にして一等兵を殴るエピソードであり、現在の「英霊のために」云々で全てを正当化する現象が既に提示され、又はっきり批判されている事だ。戦後10年で既に特攻の死者を生者が勝手に自分のために利用している様が描かれているのに驚く。
 回天の攻撃では4人中3人までが敵艦に命中するのは、歴史的事実からするとおかしいように感じるが、戦後最初の特攻映画のため甘かったのかもしれない。だが主人公の回天は出撃直後から故障漏水で、あれほどの訓練や苦しみが一体何だったのかと感じる。だがその演出は控えめで、特にひどく盛り上げたり批判や嘆きをセリフにだす訳ではない。物語そのものが自然と特攻の馬鹿馬鹿しさを訴えているのだ。
 戦後50年にある映画評論家が「戦後は声高に反戦を主張する戦争映画ばかりだ」と書いたが、彼の指している映画群に本作はあたると思われる。だがここにはどこにも声高な主張はないのが事実だろう、ここにあるのは不自然で政治的な「声高さ」ではなく、自然で控えめだが誰でも納得せざるを得ない物語であり、政治的なのではなく戦争の事実だろう。
 これは今回キネ旬のあらすじと映像を比較する事でも確認できた、映像ではキネ旬あらすじから「特攻から帰還した北村兵曹が自殺する」「玉井中尉の恋人早智子が自殺する」「回天を発射した潜水艦が自爆する」などのエピソードは変更や削れられたりしており、企画段階より完成作はより穏やかな物語に変更されているのがわかる。

あらすじ(キネ旬より映像に即し修正し細部まで記載)

 昭和19年11月海軍基地では予科練出身の少尉たちが回天の操縦訓練に明け暮れている。回天は自力ではハッチも開けられず、狭く無線も速度計もない、走らせるだけでも危険でまるで棺桶のようだ。岡田少尉(和田孝)は訓練中速度と航路をあやまり海底に激突して死ぬ、訓練生たちは速度計もついておらずまともでないと嘆く。訓練生の部屋には15人の予科練の仲間のうち既に死んだ8人の遺影が飾られており、新たに付け加わった岡田に彼の出身の明治大学の校歌を歌ってやる。そこへ出撃し死んだはずの村瀬少尉(宇津井健)が帰ってくる、彼は「本当に故障なんだ信じてくれ」と泣く。彼らはほとんどが学徒出陣で海軍にきてまだ1年半ほどの娑婆臭い、軍隊慣れしていない者達で、仲間内では特攻に疑問を感じ大変悩む雰囲気である。
 その彼らを兵学校出身の上官の大尉は「精神がなっていない」と全員殴る。訓練指導官関屋中尉(沼田曜一)も予科練出身でかばうが一緒に殴られる。次の訓練では朝倉少尉(岡田英次)が行方不明になるが、指揮官は彼の捜索より折からの潜水艦寄港と準備を優先させ、時間までに発見できなければ打ち切りと言う。やっと仲間の努力で発見された朝倉は「生きているだけで素晴しい」と言う、しかしその彼らに特攻出撃命令が出る。松本上飛曹は村瀬中尉が特攻命令を受けたので自分が特攻できなくなったので、迷惑だ、お国のためになぜ死なないと怒る。村瀬は中学途中入隊18歳と年若い彼をいさめ、せめて自分たちの年まで生きろと言う。
 彼らの指揮官有馬少佐(細川俊夫)は予科練生の特攻へ殉ずる心を疑うが、その予科練出身の関屋中尉は見事特攻してみせると意気込む。一方部隊の下士官はサボっていた従兵を特攻隊に言い訳立たぬと殴る、だがそれを見た朝倉少尉は「自分たちを勝手な理由にするな」と烈火のごとく怒り殴ろうとするがやめ、人間を人間らしく扱わない海軍の伝統は正しくないと言い残す。
 
 出撃前夜、朝倉、玉井、村瀬、川村、関屋ら特攻隊員はそれぞれ勝手に過ごす。朝倉少尉は眠れないから読みかけのドイツ語の本を読もうとし、召使いのようにこき使っていた老従兵田辺一等兵加藤嘉)が大学教授である事を知り、生き残ったらせめてこの本を教材に使ってくれと本を渡す。川村はまるで気にかけない様子で料亭でどんちゃん騒ぎをする。玉井は自分の死に納得できず、かといって一人でいる勇気もなく料亭に行く。料亭では宴席から個室での買春行為に移るが玉井は拒否し女をなじるが後悔し一人大広間で酒を飲み続ける。そこへ偶然玉井の恋人真鍋早智子(津島恵子)が面会に部隊を訪ね料亭までくる、早智子と会った玉井とは感極まって抱き合い、想像の上だけで二人の幸せを演じる。
 
 ついに出撃、潜水艦に乗り組み外洋へと出ていく、軍医は軍から配られた自殺用薬を渡しにくる。潜水艦は目的地途中で駆逐艦から攻撃を受け、関屋中尉は敵が何でもいいから特攻させてくれと艦長に談判し出撃し命中する。目的地付近で一度帰港と決まった直後、全員が特攻出撃、村瀬、玉井は命中するが、朝倉は回天が故障、海底に座礁し浸水、ただ死を待つだけとなる。その中「俺はまだ生きている」とナイフで艦の壁に刻むのだった。


あらすじ(キネ旬掲載・企画段階のものと思われる)

戦争末期、某海軍基地では戦局挽回のために、水中時攻艇回天の猛訓練が行われていた。隊員の大半は学校出身の予備士官だった。多くの犠牲者を出し、また同期生岡田が命を失ったことから、彼等はこの作戦に対し、懐疑的になっていた。学校士官関屋中尉は彼等を理解し、大野上水、田辺一水等は彼等に同情したが、隊長陣之内大尉は軍人精神で押切っていた。
 出撃した村瀬少尉と、北村兵曹が生還した。玉井少尉等は喜んだが、同輩に罵倒された北村は一人悩んでいた。出撃を前に訓練は激しくなり、北村は疲労と、母親恋しさから精神錯乱を起し、自殺した。出撃命令が下りた。川村少尉は自分の回天に珠数をかけて祈り、ある者は碇荘で酒と女に我を志れた。玉井は碇荘の一室で、恋人早智子と最後の逢瀬を楽しんだ。朝倉少尉は一人宿舎に残り、田辺一水と語り明かした。関屋、朝倉、村瀬、玉井等を乗せた潜水艦が出発した後、早智子はひかれるように海に身を投じた。
 潜氷艦が赤道直下に至る頃、敵の駆逐艦に会い危くなった。関屋は回天に乗り、駆逐艦に体当りをした。艦隊司令から帰投命令をうけた時、敵艦隊の出港をキャッチした。朝倉、玉井、村瀬等は最後の別れを告げ回天に乗った。故障して海底に横たわる朝倉、早智子の写真を見つめて突っ込む玉井、必死に目標を追い突撃する村瀬。潜水艦は成功の喜こびに湧いたが、爆撃を受け浮上不能となり、回天に続いて自爆した。