zames_makiのブログ

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あの「永遠の0」が2015年3月ドラマ化されるらしい

テレビ東京ドラマ「永遠の0」(2015年3月)右翼称揚か真実か

新聞の読者欄に珍しく興味深い投降があり以下転載する。

新聞読者の声(2014年9月7日毎日新聞

特攻隊 感動の創作と区別を
百田尚樹氏の「永遠の0」がドラマ化されるらという。小説も映画も鑑賞したが、あくまで創作であることを踏まえないと誤解を生みかねないことを懸念する。
 確かに特攻隊を知らない若い世代が知るきっかけになる作品としての価値はあるが、それと架空の主人公の存在とは、切り離して読まねばならない。
 この主人公には、人物像と最後の決断に一貫性がない。この作品が歴史や近代の人間存在の葛藤闘おうとして書かれたものではなく、「感動」重視で書かれたものだからだろう。本来の主人公の人物像ならば、どんな手を使ってでも生きることを選ぶべきで、それをくやみながらも生きることに文学的価値もあろう。
 しかしそうした人物像は「感動」を呼ばない。だが若いまま「死ぬ」ことで神格化され「感動」を呼ぶことができるのだろう。
 まさにこの小説がベストセラーになる日本の構造こそが、若者を特攻隊に送り込んだ構造そのものではないだろうか。
高校教師 宇野明信 34(神奈川県逗子市)

素晴しい感想である。重要な点が多く書かれている。

  • 1主人公の行動は創作(=ねつ造)であり戦争では起きえなかった
  • 2感動した若い観客はそれを事実と間違えている、事実ではない戦争を事実と誤認している
  • 3事実の戦争は想像を超えて残酷で映画のような事はありえない
  • 4作者は本を売るために事実をねじ曲げて、感動をねつ造した訳で、その右翼的な思想からすればおそらく意図的な宣伝や洗脳に類する本と言えるだろう
  • 5戦時中も、兵士となる若者に事実(特攻は昭和20年春ではほとんど戦果を見込めぬ攻撃方法であり、日本軍として一貫した戦略もなく場当り的に実施され指揮官に確たる意思はなく、全体として特攻の目的は天皇を守るため一時的に戦局を好転させたり、多くの日本人の死で敵兵をビビラせるのが目的と化していた)を知らせれば同意が得にくく特攻に協力してくれないので嘘をつく、この構造は70年前も今も変わっていない


映画「永遠の0」は特攻隊の事実を無視し、ありえない架空の主人公のよるねつ造された行動による「感動」で、戦争を知らない青少年を騙したひどい映画だった。映画のキモは生きることを大事にする主人公(=現代的な人物)が、妻を守るために為に特攻する(=古典的な右翼行動)という逆説的な行動ににより、「だからこそ特攻隊は偉い!兵士になるのは尊い!」と若者に誤解させるもので、作劇内容は低レベルだったが結果として大きな効果があった。
 テレビ東京の公式HPを読むと百田原作の駄作の賞賛しかなく原作の上塗りしか想像できない、原作を裏切り戦争の真実が描かれる事はないように思われる。この時点では、もはや願わくば、テレビという公的な場でこの作品が晒される事で、少しは戦争を知っている多くの国民からの批判を浴びることを願うしかない。

テレビ東京開局50周年特別企画スペシャルドラマ「永遠の0」

放送:2015年3月 3夜 制作:テレビ東京テレパック 原作:百田尚樹 監督:佐々木章光 脚本:櫻井武晴
協力:防衛省海上自衛値、陸上自衛隊航空自衛隊、鹿野市
公式HP=http://www.tv-tokyo.co.jp/tx_drama_eienno-zero/cast/index.html
出演:向井理(宮部久蔵)主人公

公式HP宣伝文

愛する妻のため、娘のために生き残る。それは壮絶な、運命との戦いだった。
「娘に会までは死ねない、妻の約束を守るために」そう言い続けた祖父は、なぜ自ら零戦に乗り特攻隊員として命を落としたのか。