zames_makiのブログ

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NHK日曜美術館「裸婦と戦争」感想

NHK日曜美術館「裸婦と戦争〜画家・宮本三郎の知られざる闘い」2011年6月26日放送=http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2011/0619/index.html
「死の家族」(未完成)宮本三郎(1945〜50ころ)

「原爆の図」丸木位里丸木俊(1950〜82)

感想:

  • NHK戦争画(戦争プロパガンダを目的にした絵画、戦時期日本軍が企画し画家たちを戦場に招待し描かせたもの)に深い関心があるようだ、この番組だけでなく過去にBSでは宮本三郎の子供(研究者)に取材し2時間の長時間番組を製作している。しかしその戦争画への認識と態度はいまだ不十分だ。これは戦意高揚をつかさどった戦時期の日本の戦争プロパガンダ映画への映画評論家の態度と共通している。即ちこうした戦争宣伝作品への理解の足りなさ、その裏返しとして批判の足りなさ、その一方で人気作家については戦争宣伝をした内容を曖昧にして無理にでも賞賛しようという意図である。
  • NHKの狙いはおそらく宮本三郎が日本で珍しい大群像画をうまく製作したという再評価にあると思われる、それには同意したい、しかしそれを述べる手段は悪い。即ち番組中では「山下、パーシバル両司令官会見図」がいかに準備周到に描かれたが紹介されその絵画構成を分析する。同じようにNHK反戦戦争画と紹介する「死の家族」も画面構成の分析がされ優秀性が示される。ここでは暗黙の内に宮本三郎は「山下、パーシバル両司令官会見図」のような悪い絵を描いたけれど本当は「死の家族」のような良い絵を描きたかったのだ、画家の能力は両者に同じように発揮されているのだという「嘘の言い訳」を使っている。なぜなら後述のように「死の家族」は戦争画ではないし、そもそもNHKは最初から宮本三郎の戦争責任を問うていないからだ。なぜNHK宮本三郎の戦争責任を問うて後に「山下、パーシバル両司令官会見図」の絵画的な賞賛を行わないのか?NHKのやり方は曖昧の内に宮本三郎を免罪するやり方だ。こうした裏の効果を狙った番組製作を「政治的に正しくあるべき」「公共放送の」NHKがすべきではない。NHKはなぜ宮本三郎の戦争責任を問わないのか?
  • NHKは未完成の「死の家族」を宮本三郎が生涯アトリエにおいて大事にしたとして、彼の反戦の意思表明として注目するが、むしろ反対だろう。宮本三郎は「死の家族」を完成することが出来ず発表もしていない、また同様な作品もないように思われる。つまり宮本三郎は絵画で反戦厭戦を訴える事の出来ないほど、作成動機がなく描写能力もない、そうした劣った人間だったと評価すべきだろう。
  • この番組でNHKは「山下、パーシバル両司令官会見図」は戦争画としながら「飢渇」は日本兵の苦しさを描いているからそうでないとしている、また宮本三郎が戦後個人的動機で描いた「死の家族」をも戦争画としている。しかし日本で戦争画が描かれ・機能した経緯を考えれば戦争画は単に戦争を題材とした絵画ではなく、国家が主導した宣伝(同時に芸術作品でもある)であるのは明らかだ。にも関わらずNHKは「飢渇」は日本兵の苦しさを描いているから戦争画ではないと番組内で表現している。これは戦争宣伝は日本軍の勝利の場面だけを描くという素人的で典型的な間違いだ。多くの戦争画を概観すればそれが必ずしも勝利だけでなく苦闘や日本兵の死も題材にしているのがすぐに了解される。また戦争を個人的に描くものは戦争画ではない、例えば「死の家族」と同時期に、広島長崎の原爆の惨状を描いた丸木位里丸木俊の「原爆の図」は戦争画とはけして呼ばれないだろう。戦争画の名称ををきちんと定義し使うべきだ。
  • 上記の間違いは番組内で大群像画の大作戦争画として紹介される藤田嗣治アッツ島玉砕」と比較としてさえ明らかだ。「アッツ島玉砕」は日本兵の死が主題であり、当時はこれこそが戦争宣伝となった。当時はあくまで命令に忠実に島を死守し玉砕した姿を賞賛することが国民の戦争への決意を高め戦争遂行上必要だと考えられたし、また国民の受け取り方もその通りだったろう。戦時期と現在では鑑賞者の受け取り方は大きく異なる、これを多くの戦争ドキュメンタリーを作っており日本の犯した戦争に大変関心の深いNHKが無視するのは理解が足りないというよりも、意識的な「嘘」ではなかろうか?
  • 確かに宮本三郎の「飢渇」は日本兵の苦しみを描いているが、当時の日本人は日本兵が苦しんでいるからもっと一生懸命戦争遂行に努力しようというのがその絵画への態度である。おそらくNHKはこれを意図的に言及せず作家を反戦的な人物として称揚する道具にしている。それは間違いだ。同様なことが映画でも起きている、木下恵介「陸軍」や黒澤明「一番美しく」などの戦時中の作品を紹介する際に、その一部分だけを取り上げ監督が秘めた反戦意識があったと称揚する手口だ。これも人気の映画監督を批判したくないという余計な歪曲である。戦争画を描いた画家、戦時中の映画監督で、戦時中に反戦厭戦真実を訴えた者はいない、当時は全員が戦争賛成であり戦争プロパガンダに賛成だったのだ。NHKはこの点で嘘をつくべきでない。

NHK番組説明

主演:阿部信雄(美術評論家) 山本貞(洋画家・宮本三郎の弟子)

昭和の洋画壇を代表する画家・宮本三郎(1905−1974)。その類まれなデッサン力は、師・安井曾太郎も一目を置くほどだった。「レ・トロワ・グラ―ス」など晩年に発表した裸婦像では、高度な描写力と豊かな色彩感覚を融合させ、生のエネルギーに満ちた独自の世界を作り上げた。宮本はまた最も有名な戦争記録画「山下、パーシバル両司令官会見図」を描いた画家でもあった。そのデッサン力を買われ従軍画家となった宮本。軍の要請を受けて描いた大群像画面は、従来の日本の洋画の歴史にはないものであり、宮本にとっては美術上の西洋との闘いでもあった。その成功は宮本の名を一躍高らしめることになったが、戦後はまた別の意味を帯びて、画家につきまとったのである。
 宮本の死後、アトリエから一枚の大作「死の家族」が発見された。荒涼たる大地に横たわる死せる男と、その死を悼む妻の姿。それは戦後まもなく描かれた「最後の戦争画」だった。勇ましい群像でもなく、戦場の兵士でもない、「死」の普遍的表象。それを宮本は一度も展示することなく、アトリエに置き続けていた。豊穣(ほうじょう)な裸婦像と対極にあるようなこの作品はいったい何を意味するのか。激動の時代を生きた画家の足跡を追う。

議論対象絵画

「山下、パーシバル両司令官会見図」宮本三郎(1942)

アッツ島玉砕」藤田嗣治(1943)

「飢渇」宮本三郎(1943)