zames_makiのブログ

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裁判員制度のおかしさを訴えるTBS裁判員ドラマ「家族」

2009年5月18日放送されたTBSの裁判員ドラマ「家族」は予想に反し以外にも非常に問題提起的なドラマで裁判員制度に異議を唱える内容だった。裁判員制度を作った人たち、推進している裁判官や検事はこのドラマを見て苦々しく感じたに違いない。


◆月曜ゴールデン 法廷サスペンスSP(2)裁判員ドラマ「家族」〜あなたに死刑が宣告できますか?  TBS 21:00-22:54 制作:ザ・ワークス、TBS
監督:白川士 原作:小杉健治「家族」 脚本:林誠人 出演:大塚寧々(主人公・裁判員になる女、老親介護に疲れている)、笹野高史認知症の老女を殺したホームレスの男)、西村雅彦(老母を殺された息子)、石丸謙二郎(裁判長)、寺田農(ホームレスの男の友人)、石田太郎裁判員)ほか

ドラマの要点

このドラマでは認知症の老女をホームレスの男が殺したという事件を題材に、これから施行される裁判員制度の不備を厳しく訴えていた。具体的には
(1)裁判所と検察・弁護士の事前審査により裁判員は予め「決められた枠」の中でのみ判断をするよう要求され、その枠自体の不備に気づいても制度上、事件の真実を追究できない。
(2)本来当然伝えられるべき審査上の細かい判断理由や裁判員自身の考え方など、被告や社会に伝えられるべき情報を、守秘義務があるが為裁判員は伝える事ができない。それらが伝えられない事は、結局被告や関係者の不利や様々な損害になる。
の2点を訴えていた。


 ドラマでは事前審査(正式には公判前整理手続と思われる)の結果だとして男を最初から有罪と決め、単に殺人の意志があったか否かだけを判断させようとする裁判長に対し、審議の中から真実を追求しようとする裁判員(大塚寧々)との対立が描かれている。大塚寧々は、気づいた疑問点を質すため日程を延長し証人を再度質問したり、予定されていない関係者の新たな証人喚問を求めたり、裁判終了後に判決に関し裁判員の本当の考え方を述べる事などを行っていく。これらは今これから始まる裁判員制度では基本的に認められていない事であり、裁判長や検事はそれを阻止しようとする。しかし裁判員(大塚寧々)のその行動は、介護の必要な老親とその家族の心情への深い興味と同情から発したもので、裁判に提出されているが検事は細かく調べていない証拠や証言から浮かびあがってきた疑問であり、事件を明らかにし正しい判決を下そうとする、裁判員として正しい行為だ。


 その中でも特にドラマ最後にでてくる裁判員の判決への考え方(なぜこの判決を下したか)を法廷で明かす場面は大事で、これがあるとないとでは判決の意味は180度変わってしまう。しかし裁判長の出した判決にはその部分はないのだった。ドラマでは主人公(大塚寧々)は、異例の行動としてそれを伝える。だが裁判長はそれを伝えようとする主人公を守秘の義務に反し「罰せられるぞ!」として何度も阻止しようとする位ひどい姿勢を示す。ドラマはそのように対立点を浮かびあがらせることで問題提起をしていた。


 ここで前提知識として知っておくべきなのは、今の裁判制度には多くの問題を含んだ制度で、その結果として刑事裁判では99.9%が有罪になること。これから始まる裁判員制度はこの今の日本の刑事裁判のおかしな部分を直さぬまま、事前審査の名の下で、そのおかしな処理を裁判員として選ばれた国民にも担がせる事になりかねない、つまり同じ悪行に引きずり込みかねない事だ。それをこのドラマははっきり示していた。これはドラマ内では台詞で明示されており、裁判の制度に疑問を持った裁判員が次々と異議を唱える場面として演出されており、ぼんやりと眺めている視聴者にも印象が残っただろう。


 このドラマはテレビ局の広報素材では、認知症の老親への家族の思いを扱うことで、人間性に関するドラマとして宣伝されているが、そうした面も実際多くあるが、それらは残念ながらこの分かりやすい演出スタイルではあまり面白くない。一方裁判員制度が始まるこの時期に放送し、ドラマには法律アドバイザーもついていながら今の裁判員制度では禁止されていることをやろうとする、このドラマの制作側の意図は明確であり、かつ重要だ。そして扱われている裁判員制度への異議申し立ても内容的にも重要だと思う。
 これは裁判員制度の宣伝や教育ではなく、むしろそれを市民として少しでもよくするよう改変する為の提案と受け取るべきだろう。


 しかしこのドラマを完全に間違えて受け取っているテレビ批評家がいるのが笑わざるを得ない。放送日(2009年5月18日)の朝日新聞テレビ欄で赤田康和氏はこのドラマを「試写室」欄で紹介しているが、「(略)家族の複雑な心情と事件の謎解きを絡めた物語は意欲的だ。裁判員を善、プロの裁判官を悪と描く構図はかなりの直球系。制度のPRビデオじゃないんだから!とツッコミを入れたくなる場面も」としている。赤田氏は裁判員制度に恐ろしく無知で、この時期に「裁判員ドラマ」と銘打ってドラマを放送する意味を理解できず単に人間ドラマに焦点を当てた、しかし演出の下手なよくある法廷物のドラマと受け取ったようだ。
 彼はドラマが裁判員制度での裁判経緯をかなり忠実に描く意味を実施者側の宣伝と受け取ったようだ。又ドラマ内で裁判員制度を逸脱する場面をただの面白みの為の演出と受け取り、それがこれから実施される裁判員制度に与える意味をまったく理解できていないようだ。


 私は最高裁裁判員制度広報のために制作した数本のドラマを見ている。それらは概ね60分以上あり、プロの俳優と演出家により制作されたもので、演出スタイルやセットの様子、そしてストーリーなどその全体的な枠組は、このTBSのドラマ「家族」とよく似ているのを承知している。実際それらのドラマでは、ごく普通の一般人である裁判員は最初は裁判にとまどいを覚え、今回のドラマの大塚寧々のように審議内容で異議を唱えたりもする。しかし決定的に違うのは、結局最後は裁判長の進める議事進行に同意し、裁判長の提示した焦点だけを論じて有罪でおわる事だ。すなわち完全な現状の裁判制度の肯定でできている。


 こうした裁判員制度宣伝ドラマを見慣れた眼には、このTBSのドラマは、全体の枠組は同じだが、まったく違った意味を視聴者に与えるもので大変面白かった。こうした裁判員制度の問題を提起するドラマを他局も是非制作してほしいものだ。

(参考:裁判員制度宣伝ドラマ。2008年3月日本映画専門チャンネルで放送されたもの、公立図書館などにもある)

◇評議(裁判員制度広報用映画)  2005  カラー 65分
企画・制作:最高裁判所 2005年制作作品(一般劇場公開なし)
監督:伊藤寿浩 出演者:中村俊介大河内奈々子榎木孝明小林稔
...被告人(金剛地武志)と朝倉(伊藤高史)とは学生時代からの親友。ところが朝倉が被告人の婚約者(大河内)と関係を持ったことを知った被告人はナイフで朝倉にけがを負わせてしまう。この事件で被告人は殺人未遂罪で起訴された。裁判を担当することになったのは町工場経営者(小林)、サラリーマン(中村)ら6名の裁判員と3名の裁判官(榎木ほか)。食い違う言い分と絡み合った人間関係に困惑する裁判員たち。しかし評議を重ねていくうちに次第に真実のベールが剥がされていく。


裁判員制度−もしもあなたが選ばれたら− 2005 59分
企画・製作法務省裁判員制度広報用ビデオ。製作:法務省 
監督:中村雅俊 出演者:西村雅彦/加藤夏希/金子貴俊/中村雅俊 主題歌:中村雅俊
...平凡なサラリーマン・小林靖雄(西村)のもとに「あなたは裁判員候補に選ばれました」という一通の手紙が送られてきた。仕方なく裁判所を訪れると、数十人の裁判員候補者が集合していた。靖雄は仕事を理由に拒否したいと考えていたが6人の裁判員の一人に選ばれてしまう。裁判官と裁判員による評議が始まるが、被告人に逆恨みされるのが恐いなどの考えで評議の場は消極的で議論は進まない。裁判員制度そのものに疑問が向けられ、裁判長(中村)が答えた。「同じ社会に生きる人間として、問題を共有して考えることに意義があるんです」靖雄たちは裁判員として他人の事件に関わることの意義を感じ始めるようになる。


裁判員〜選ばれ、そして見えてきたもの〜 2006 70分
企画・制作:最高裁判所 2006年制作作品(一般劇場公開なし)
監督:梶間俊一 出演者:村上弘明前田愛黒川芽以長門裕之
...最高裁判所が企画・制作した裁判員制度広報用映画。平成21年初冬、東日本空調システム株式会社の営業マン村瀬智昭(村上)のもとに1通の手紙が届く。それは裁判員候補者名簿に自分の名前が載ったとの知らせだった。村瀬は仕事の都合もあり、当初は参加に消極的であったが、徐々に参加してもよいと思うようになっていく。


◇審理(裁判員制度広報用映画)  2007  カラー  63分
企画・制作:最高裁判所  2007年制作作品(一般劇場公開なし)
監督:原田昌樹 出演者:酒井法子星野真里田中圭斉木しげる
...主婦の奈緒子(酒井)は、裁判員候補者の名簿に載ったことに戸惑いを感じつつも家族3人で平穏な生活を送っていた。そんなある日、東京都内の駅の構内でナイフによる刺殺事件が発生。この事件の裁判に裁判員として参加することになった奈緒子。目の前で展開される審理の中で次第に明らかになっていく事実とは・・・。


◇ぼくらの裁判員物語(アニメ)  2006  カラー 25分
企画・製作:最高裁判所 2006年制作(一般劇場公開なし)
監督:堀内良平 (声):高山みなみ/田代有紀/阪口大助増山江威子
...最高裁判所が企画・制作した裁判員制度広報用アニメーション。高校生の恋愛を軸に親しみやすいストーリーで刑事裁判及び裁判員制度を分かりやすく説明している。


総務部総務課 山口六平太 裁判員プロジェクトはじめます!(裁判員制度広報用アニメ)  2007 26分
製作:法務省 原作:林律雄・高井研一郎総務部総務課 山口六平太
監督:鴫野彰 (声):山口勝平島田敏永井一郎佐藤正治
...裁判員の候補者通知を受け取った人々の中になんと六平太の上司、有馬係長の姿があった。有馬係長のほかにも通知を受け取った多数の社員のために、総務課は「裁判員プロジェクト」の立ち上げを社長から命じられる。