zames_makiのブログ

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日本敗れたれど(1949)ZMプロ

公開:1949.06.21 (JMDBには「日本敗れたど」で登録)
製作=ZMプロ 配給=東宝 1,265m 白黒  50分→岩波版は45分
監督:イワンムツ(陸奥陽之助)  解説:徳川夢声  製作:陸奥陽之助 編集:ジーン・ゼニアー
アメリカの戦争記録映像を入手編集したもの、沖縄作戦のシーンで神風特攻隊が米艦艇に突っ込むシーンは上映開始後に陸奥がCMPE(GHQの外郭団体、Central Mption Picture Exchange)に配慮し削除させた→2番目の特攻機の映像。広島のキノコ雲映像あり。日本で最初の原爆映像と思われる
 編集方針は、日本は敗れたけれどしっかりしろ、国の回復に努力しろ。共産党を怖れろ(警戒しろ)というものと陸奥は述壊。CIEもこの点を評価(赤の脅威、占領下の日本、日本の将来)している。
ジーン・ゼニアーはアメリカの戦場カメラマン。ZM=ゼニアー+陸奥の略。イワンムツは陸奥陽之助(Yonosuke Ian Mutsu)の別名と思われる。ZMプロは1952年に「インタナシヨナル映画株式会社」に発展、現在も活動中。(http://www.impc.jp/production.html

→DVD発売:2009年9月「占領雑誌資料体系」第5巻 付属DVD 45分 岩波書店
→DVD発売:2006年9月27日 「戦中戦後 昭和の暮らし第4巻」¥3570 メーカー:チャイナ・ビジョン 販売:ファーストディストリビューション
◆「日本敗れたれど」(約30分=短縮版) 昭和24年
...戦前・戦中の日本の軍国主義を否定し、民主化を推し進めるアメリカの対日占領政策の正当性と成果を強くアピールすると同時に、冷戦を意識して日本人の左傾化にも警鐘を鳴らしたアメリカ側の視点に立つプロパガンダ映画。太平洋戦争の推移を記録したアメリカ軍の映像、戦後の混乱期を記録した日米の記録映像が数多く使用されている。
◆「日本敗れたれど」(45分=岩波書店版) 昭和24年
=現在の目で見るとあまり特徴のない記録映画に見える。冒頭空襲や原爆による日本の敗戦をつげ、軍閥を批判し国民がだまされたと述べる。中段では戦後の様相を伝え、ソ連の脅威を述べ再び戦時中の映像が挿入、ここで特攻機が撃墜される様子が移り、当時の観客にはここがもっとも印象的だったようだが今の目からは特にない。この部分の最後でついに撃ち落されず米軍艦船につっこむ特攻機が写るがいよいよ最後に突入する直前でとまる。この見せ方はやられる米国への配慮であり当時の観客が不満を述べたと当時の雑誌は伝えている。
 日本軍を批判し、ソ連の脅威をのべ、米国への感謝をつたえるもの、しかし特に強調されておらず、おそらく日本最初の原爆映像、大量のB29と空襲の映像、ほとんど最初の大量の特攻機の映像がこの映画の価値であろう。

記録映画「日本破れたれど」への感想

(「あれやこれや」2006/10/01 http://blue-yellow.at.webry.info/200610/article_1.html

1952(昭和27)年といえば、連合軍による占領も終わり、新たな国家として日本が再出発しますが、その頃だったと思います。
 「日本破れたれど」 という映画を近くの3番館で見たことがあります。3番館というのは、封切られたばかりの映画ではなく、古い映画を2本立て、3本立てで安く見せた映画館です。その頃は、映画館はどこも混雑し、座席を確保するのにも苦労したものです。
 映画の内容はうろ覚えなのですが、題名から見当をつければ、戦いに敗れた日本はこれから立ち上がるぞ、といったもので、過去をザンゲするものではなかったと思います。日本軍の航空機が米軍の空母などの艦船に突っ込んでゆくシーンがありました。日本機は敵艦船に近づくものの、弾幕にはばまれて片翼を吹き飛ばされ、木の葉のように舞い落ちていきます。恐怖に引きつった米兵の顔が映ります。
 また低空で空母に一直線で向かう日本機は、あと一歩のところで撃ち落とされます。館内に「アーッ」というため息が広がりました。次に現れた1機は敵弾をかいくぐり、敵艦に体当たりします。艦上は火柱?があがり、もうもうと黒煙が立ちのぼります。このときです。「ウォーッ」という声が館内を包み、同時に拍手が鳴り響いたのです。
 今では考えられないことでしょうが、これが当時の敗戦国民(つまりわれわれ)の偽りのない感情なのだと思い、今でも鮮明に憶えています。