秋葉原でのトリアージの失敗点はどこにあるのか?サキヨミに関し
秋葉原通り魔事件でのトリアージについてはフジテレビ「サキヨミ」で疑問を投げかける番組が放送された(私が見たのでそれはここで読める)。私が見た限りこの番組は最近のテレビには少ないジャーナリズム指向(真面目に社会的問題をえぐるタイプ)のもので、緊急医療での問題を提起する非常によいものだと思いました。
いわゆる扇情的でただ批判を煽るものではなく、事実を丁寧に積み上げて問題を具体的に指摘し、識者のコメントで問題を提起し、今後の改善を願って締めくくったもの。
現場担当者をただ批判したり、トリアージという事自体を否定するものではなく、今回の秋葉原の事件では大きな前提の部分でその適用に大きな過ちがあった事を示すものでした。そして、そこから消防庁の閉鎖性と、それにより誤ったトリアージの実施が放置されることに警鐘を鳴らしていました。また更に背景にある現在の緊急医療システム全体の問題点に言及するものだった。
しかし、ネット上にはなぜかこの番組には批判も見かけます。また同様な内容が、これ以前に週刊文春で報道されているにもかかわらず、ネット上ではそれに関してはまったく言及が見受けられませんね。
そこでこの秋葉原通り魔事件に対して行われた東京消防庁のトリアージについて、週刊文春掲載記事(2008年7月24日号、7月31日号)からいくつか興味深い内容を書いておきます、これを読むと「サキヨミ」の番組内容はやはり正しいジャーナリズムで、非常に良い内容だったように思います。まあ専門的な事の可否判断は週刊文春も「サキヨミ」も私も及び腰な訳ですが、とりあえずこうした事が、文字情報として報道されていることをお知らせしておきましょう。
記事出典:週刊文春医療再生プロジェクト第1弾「救急崩壊」最前線:秋葉原通り魔・武藤舞さんは「見殺し」にされた! 伊藤隼也と本誌取材班 週刊文春 2008年7月24日号
「救急崩壊」最前線2:秋葉原通り魔・遺族の慟哭・「ウチの子はなぜ70分も路上に放置されたのか」 週刊文春 2008年7月31日号
以下は主に「サキヨミ」に付け加えるべき内容だけ記述します、全体主旨は同じだと思います。
- 1この事件では救急病院は実はそんなにはないのだとコメントする人がいますが、事件現場から5km以内には3次救急病院が6カ所、2次救急(入院や手術に対応する救急病院)が26カ所ある(そして17人の負傷者は15カ所の病院に搬送されている=TV番組から)
- 2現場に居合わせて武藤舞さん(死亡)の処置を行った大分県立病院の救急部長山本明彦氏(2007年まで都内の杏林大救命救急センター勤務)は「救急指揮所ですら状況把握が出来ていなかった」「現場は混乱状態で武藤さんへの輸液も入手できなかった」「現場では最後まで何人負傷者がいて、それぞれどんな状態かわからなかった」と語っている。週刊文春はこの方は、取材で何かきくと「消防庁に聞いてくれ」となる内部の方ではなく、外部の方の報告として報道している。
- 3東京医科歯科大(3次救急、現場から車で2分)には重症者3人が搬送されたが、最初の2人は早い時期にトリアージなしで搬送された可能性が高い。最後に最も重症な武藤さん(死亡)が搬送され「医者はトリアージがデタラメだ」と憤慨していたという
- 4秋葉原から5km以内の白髭橋病院(2次救急)の院長石原哲氏は「そもそも刺し傷の場合トリアージの対象にならない、もしトリアージするならすぐに赤タグつけ救急隊が現場到着次第すぐに搬送するロードアンドゴーにすべき」としている
- 5昭和大医学部有賀徹教授は「普段の救急ではCPAでも病院に搬送している。今回の事件では最初に災害モードで入ったのは仕方ないかもしれないが、途中から判断を切り替えて普段通りの搬送をすべきだったかもしれない」としている
- 6事件の被害者17人の中で、同じ犯人に刺されて路地で倒れていた2人は別事件扱いで別個に緊急搬送され助かっている
- 7消防庁からの発表では最初に病院に搬入されたとされている松井満さん(死亡)の場合、救急隊員の最初の接触はわずか8秒で他へ行ってしまい、トリアージタグをつけられていない。その後搬送準備をしていると他の隊員が「CPAは後!」と遮ろうとしたという混乱状態だった。しかし別の隊員が酸素投与をして搬送。車で2分の駿河台日大病院(3次救急)についたのは事件発生後42分後。救急隊到着後29分後だった。
- 8現場へは4組のDMATが呼ばれ、成果として報道されている、しかし、週刊文春は「DMATは災害現場に駆けつけ現場で救命治療を行う、医師や看護士のチーム」であるのに、到着し負傷者を見た(トリアージをした)救急隊は更にDMATに出動を要請し、最初に到着した日大DMATにトリアージを要請している。日大DMATが到着したのが救急隊到着後12分、日大DMATがトリアージし、最初の救急車が出発したのが救急隊到着後23分。となり「救急隊はDMATの到着を待ったため搬送が遅れたのではないかという印象が拭えない」と病院関係者の話として伝えている。また2番に到着した東大DMATは「東大DMATは基本的に怪我を負われている方が動けない状態でその場で治療が必要なケースで出動する。早く搬送したいときにDMATを派遣しても時間がかかるだけ」とのコメントを載せている。また4組中2組は救急隊が到着してから57分後、72分後に来ており、すでにほとんどの負傷者は搬送された後だった。
追加情報 秋葉原事件で重傷2人収容に1時間(読売新聞)
読売新聞から「サキヨミ」での指摘と同様な記事が出ています、この記事に言えることは3つ、
- 1:「トリアージをして赤タグ(最優先に搬送)とされた7人の病院到着には36〜54分かかったが、同じ秋葉原事件の被害者の中で、トリアージをせず従来通りの手順だった2人は30分以内に収容された」
- 2:消防庁は上記の理由を「現場が広く連絡に時間がかかった為」としているが、読売記事の現場図を見てもわかるよう、現場は大きな交差点周辺という見通せる程度の広さでしかない。
- 3:消防庁は「死んだ人は例えトリアージがうまくいっても全て救命は困難だった」として自分のミスは認めていない。
秋葉原事件で重傷2人収容に1時間、トリアージ運用見直し
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20081015-OYT8T00312.htm
2008年10月15日 読売新聞
17人が死傷した東京・秋葉原の無差別殺傷事件で、東京消防庁が実施した救急搬送のトリアージ(患者の選別)について、読売新聞が被害者の搬送時間を調べた結果、「最優先で搬送」と判断された負傷者7人のうち、少なくとも2人が通報から病院収容まで1時間近くかかっていたことがわかった。
トリアージの対象外だった別の2人は30分以内に搬送が始まり、数分で収容されたとみられ、トリアージが、かえって搬送の遅れを招いていた。同庁は、情報伝達など現場の連携ミスが原因とみて救急搬送の運用指針を見直す。
17人の被害者が搬送された12病院は現場から700メートル〜数キロの範囲にあり、搬送時間は数〜十数分程度。このため都や同庁、医療関係者などで作る「検証委員会」が今回の救急活動を検証している。今回の事件では発生3分後の6月8日午後0時36分ごろに最初の119番があり、7分後に1台目の救急車が現場に着いて応援を要請し、30分後には計14台の救急車が現場に到着していた。
同庁は負傷者が多数に上ることから現場交差点の東約50メートルの路上に指揮本部を設置したうえで、現場に駆け付けた医師とともに、交差点付近で倒れていた15人にトリアージを実施した。
このうち5人は致命的な損傷があるとして「搬送を先送りする」と判断され、3人は「簡単な救護処置で間に合う」だったが、7人は「生命の危険が迫り、最優先での搬送が必要」という判断だった。
この7人について読売新聞が調べたところ、状況が判明した5人のうち、最も早く病院に収容された人が通報の36分後で、40分後と50分後が1人ずつだったほか、腹部を刺されて重傷を負った30歳代の女性は57分、右胸を刺されて一時重体に陥った50歳代の男性も54分かかっていた。
これに対し、100メートル以上離れた路地に倒れていたためトリアージが実施されなかった重傷者2人は、指揮本部の指示から外れた救急車2台が30分以内に搬送を始め、最も近い700メートル先の病院に収容した。
最優先の負傷者の搬送に1時間近くかかった理由について同庁幹部や検証委は、〈1〉現場が広く、指揮本部と被害者の間の情報伝達に時間がかかった〈2〉規制線などで一部の救急車が被害者のそばまで行けなかった――などを挙げている。
同庁や検証委は、搬送を先送りされた5人を含め7人の死者は、搬送時間が短縮できても救命は困難だったとみているが、トリアージマニュアルの見直しも含め、搬送の在り方を再検討している。