zames_makiのブログ

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イタリアの戦争犯罪

イタリアの戦争犯罪への3つの沈黙

戦後のイタリアは1970年代までにイタリアの植民地支配の戦争責任について3つの沈黙があった。1イタリア政府の沈黙、2世論の沈黙、3歴史化の沈黙。国民は「良いイタリア人」のイメージにこだわった。
1980年代以降、イタリアをドイツを日本と同じファシズム国家ととして比較検討して「良いイタリア人」を崩し始めた。
 イタリアは第1次世界大戦期にリビアで過酷な植民地支配を行った。毒ガスを使用した。
 1936年から1941年にエチオピアで民族抵抗を弾圧するため、空爆化学兵器、強制連行などの戦争犯罪を行った。
(p249「イタリアの植民地における支配と抑圧と戦争犯罪/ ニコラ・ラバンカ)

陽気な占領という神話

陽気な占領という神話、ユーゴスラビアのイタリア人
イタリア軍=「良きイタリア人」というイメージは、イタリアの占領した国に対して、ユーゴスラビアについて、保たれた。
(陽気な占領という神話、ユーゴスラビアのイタリア人 / エリク・ゴベッティ)

イタリアはニュルンベルグ裁判で裁かれなかった

イタリアは1943年7月にムッソリーニ政権を崩壊させて連合軍に無条件降伏した後、パドリアオ政権が連合軍側にたって対独宣戦布告を行い、最後は連合国の一員として戦勝国の一員となった。 そのためイタリアに対してはニュウルンベルグ裁判は行われず、エチオピア、バルカンの植民地、占領地における戦争犯罪を裁かれることはなかった。イタリアには戦争犯罪者はいなくなり、報われない犠牲者という顔になった。
(「イタリアにおけるニュルンベルグ裁判の欠如」フィリッポ・フォカルディ)
(「南京事件70周年国際シンポジウムの記録」 記録集編集委員会 日本評論社 2009)