zames_makiのブログ

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「シリアの花嫁」映画評と監督談の分析と批判

中東研究者板垣雄三氏はこの映画を肯定し誉めているメディアに批判的だ、ではメディアはどう評価しているのか。この映画はメディアで取り上げられる機会が多くネット上でも多くの記事がよめる。


まとめ:全ての映画評で肯定的に批評され、人間ドラマが高く評価されそれが楽観的で希望をもたらすものとされている。監督はいくつかのインタビューで異なる答え方をしているが、シリアとイスラエル両者を描くことで、理解が進みそれが解決に結びつくだろうという考え方のようだ。しかしイスラエルのしている事(占領や暴力)への批判やこの映画の問題性にはまったく触れておらずこの点で、早尾氏が批判したようなイスラエル左派の限界(占領下の人の苦しみは言及するが、その問題の根本やイスラエルにとって苦い解決には触れない事)が読み取れる

政治的境界を喜劇に変えるヒューマン映画だ、よい(朝日新聞 2009年1月29日)

【人縛る境界「喜劇」に、「シリアの花嫁」のリクリス監督】
 来日したエラン・リクリス監督は「政治映画ではなく、人間の生き方を描いたヒューマン映画だ」と語った。 (略)「境界はメタファーである。世界中どこにいても、誰もが境界に縛られている。国の境界でなくても、伝統や宗教、偏見など心理的、社会的な境界も、人を縛っている」と、リクリス監督は語る。
 (略)境界を扱った悲劇なのか。「いや、悲劇と言うよりも、むしろ喜劇かもしれない」と監督は答えた。人間を押しつぶす中東紛争という題材を逆手にとり、随所で人間らしさを描く手法に引き込まれる。(編集委員・川上泰徳)

→解説:板垣雄三氏が批判していたのは朝日新聞の映画紹介の記事、この記事は文芸担当ではなく中東担当でパレスチナ問題をよく知る編集委員川上泰徳氏が書いている。その川上氏は曖昧な表現だが、政治的問題をヒューマニズムで打開するよい映画だとしている。花嫁をめぐる人間ドラマを誉め、それで政治的問題が解決する、と読める記事になっている。板垣雄三氏が強く批判しているのは、川上氏は問題をよく知っているのに被害者たる花嫁周囲の人々の人間ドラマに満足してしまい、それでなんとなく解決すると書いているのを批判したのだろう。

希望の映画である(読売新聞 2009年2月20日

【境界線 希望の物語】
(略)悲劇的な現実が題材だが、エラン・リクリス監督は大上段には構えない。あくまでも嫁入り騒動の悲喜こもごもを見つめ、境界線がもたらす不条理を乗り越えようとする一家を温かく描き出す。そんな家族の物語は、次第に人間社会の縮図に見えてくる。結束を目指しながら、伝統的価値観にとらわれて自他を狭い世界に閉じこめる者たちの存在が浮かび上がってくるのだ。族群像という形で観客を楽しませ、特定の地域の問題を誰の心にも響く物語に昇華させる手腕が見事

 ただ、これは絶望ではなく、希望の物語。花嫁と、その姉は、それぞれ意志を持って前へ踏み出す。過酷な現実も魂の自由は奪えない。美しくりりしい女たちは、そんなシンプルな真実を思い出させる。(恩田泰子)

→批評子は花嫁周囲のドラマに魅了されているが、なぜ希望の映画としたか不明だ、曖昧なラストを勝手に希望的に解釈したと思われる。

花嫁は自爆テロをしろ(図書新聞 2009年02月28日)

(略)この国際政治の現実を突破するのは、花嫁による単独行動―それは自爆行動ともなるかもしれない―、すなわち〈境界〉突破行なのである。(略)
 映画は現実の前で無力である。しかし(略)閉じられたテキスト性などに映画を封印してはならない。字幕の先に何を視るのか。〈観ること〉が、今、〈映画〉によって問われている。(映画評:小野沢稔彦)

→知識人らしさを前面に出した不親切な批評、しかし他の評ではないラストの曖昧さを明示し、映画の意味する事は曖昧で、大事なのは観客が自分で考える事が大事だと指摘しているのはまともだ。

戦争の愚かさを浮き彫りにする映画(時事通信 2009年02月17日)

【戦争の愚かさを浮き彫りに『シリアの花嫁』】
(略)花嫁たちが右往左往する姿はおかしいやら、悲しいやら…。ボスニア紛争を舞台にした傑作『ノー・マンズ・ランド』のシリア版とも言える風刺劇だ。戦争の愚かさを浮き彫りにする意欲作。★★★★★(中山治美・筆)

→なんでも戦争批判に結びつける安易で空疎な批評

国境を越える愛(山根貞男朝日新聞キネマBOX プレミアシート)

嫁入りという単純な話であるがそこに家族間の感情がややこしく絡まり政治が影を投げかける。(略)はてさて花嫁はどうなるのか。サスペンスの中注目すべきことに家族構成の複雑さが一挙に裏返り深い親愛の情を結晶させる。そして更に驚嘆すべきことがおきる。全編深刻さとユーモアの混じり具合が素晴らしい。(略)パレスチナイスラエル人との見事な共同脚本のもと、映画は国境を越えることを実現してみせた。

(解釈:山根貞男は「花嫁は困るが家族の努力で無事国境を越える」と受け取ったようだ、そしてそういう物語をイスラエルパレスチナ人のスタッフが協力して書いたのであり、だから「愛は国境を越える」としているように読める)

政治的かつ人間愛の物語でラストはハッピー(映画批評サイト「映画ジャッジ」渡まち子)

http://www.cinemaonline.jp/review/kou/6628.html

【政治的な要素と共に家族の普遍的な愛を描く物語。隠れた名作 (75点)】
 こんな特殊な状況下での結婚の背景を、さまざまなエピソードで手際よく説明していくエラン・リクリス監督の手腕に驚いた。作劇術の上手さは、メリハリのある人物設定にも発見できる。(略)家族の複雑な事情が、国家間の状況と見事に重なっていく
 そもそも国境とは、人間が勝手に作った見えない線だ。映画のそれは家庭のガレージほどの簡単な鉄格子と掘立小屋のような建物、数人の兵士と国旗があるだけ。そんな場所に翻弄される人間たちがこっけいにさえ見える。

 家族の気持ちを無視し通行証の手続きがこじれる中、結婚式は延期かと思われたその時、花嫁モナは、文字通り、風のようにこの難問を解決してみせた。何というしなやかさ。何という勇気。
 (略)国家の威信や政治の思惑がどうであれ、そこに暮らす人間の幸福を考えない統治に何の意味があろう。ノーマンズランド(非武装中立地点)でふり返る花嫁の表情が、今も忘れられない。この小さな傑作のメッセージは、平和への祈りにほかならない。

→映画的視点で政治性と人間ドラマを関連付けて肯定的に評価している。しかしそれが政治的解決にどう結びつくかについては、おそらくパレスチナ問題に対する知識が十分でないので、空想論的まとめで終わっている。キネマ旬報などの批評よりは詳しくまともだ。

人間は和解する力を持っている、とする映画(映画公式サイト インタビュアー)

http://www.bitters.co.jp/hanayome/repodir.html

この映画は、深刻さを扱いながらも、人間は和解する力を持っている、と伝えてくれています。(インタビュアー)

→映画宣伝のためのキャッチフレーズと思われる

監督談:双方が目を覚まし解決に努力すべきと描く映画だ(毎日新聞 2009年3月16日 夕刊)

【苦しみ終わらせねば イスラエル人監督、紛争下の暮らし描く】
 (略)イスラエル側にも「暴力の停止と共存」を呼びかける人々はいる。その一人、映画監督のエラン・リクリス氏(54)は「皆が目を覚まし、双方の苦しみを終わらせなければ」と訴える。(略)自己正当化や相互非難が支配しがちな中東紛争の言説空間。リクリス氏は「多くの人が共感できる普通の人々を描き、判断を押しつけない作品作りに努めている」と語る。

 (略)母国をめぐる戦いはいまだやまない。「このままの状態では生き続けることはできない」。リクリス氏は暴力を超えた対話の可能性に希望をつなぐ。中東和平の将来は不透明だが、「もっと酷い状況を克服した国々もある。子供たちのために、関係を改善しなければ」と呼びかける。(和田浩明)

監督談:ある種の楽観主義の映画だ(映画公式サイト)

私の映画は、ペシミスティック(悲劇的)な世界を前にして、私たちみんなが持たねばならないある種のオプティミズム(楽観主義)を巡るものです。(監督の言葉)

監督談:現地の実態を描き相手を理解しようという寛容の心を訴える映画だ(産経新聞 2009.2.20)

産経新聞 監督インタビュー 2009.2.20
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/090220/tnr0902201725013-n1.htm

【希望捨てない「オプシミスト」:監督インタビュー】
 どんなときも人間的に生き続ける」とは?(略)ユダヤ人のリクリス監督が、政治的立場を異にするアラブ人(パレスチナイスラエル人)の脚本家、スハ・アラフと手を組んだ力作は、それぞれの困難を抱える現代人にも通じる生き方を教えてくれる。

 3年に及んだ現地取材では、自由恋愛が忌避される風潮や、娘が大学進学を希望しても親に言い出しづらい空気など、女性が抑圧されている状況を改めて感じた。境界の両側にある無関心や敵意、ことさらに出国手続きを面倒くさがるイスラエル官僚主義的な姿も見えてきた。中でも、あらゆる抑圧に耐えて生きるドゥルーズ派の人々の生活を目の当たりにし、「人間は希望を捨てず、『自由』を求めてボーダーを越えなければならない」との思いを強くした。

 リクリス監督がアラブ人女性に脚本を担当してもらったこと自体が、監督が伝えたいもう一つのメッセージだ。「他者を理解しようという寛容の心、違った考え方を理解しようと常につとめることの大切さを示したかった。イスラエルは少し忍耐も必要かな」。