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NHK時論公論「変わるテロとの戦い」

2008年9月24日 NHK時論公論「変わる“テロとの戦い”」NHK総合(15分)
出演:秋元千明(NHK解説委員)、出川展恒(NHK解説委員)金子哲也(ふり)

2001年9月、アメリカで起きた同時多発テロ事件から、今月で7年が経過しました。こうした中、アメリカは、イラクに駐留する兵力の一部を撤退させ、かわりにアフガニスタンの兵力を増強することを決めました。8年目に入った「テロとの戦い」の行方について、秋元解説委員と出川解説委員がお伝えします。

(秋元千明 解説委員)アメリカは、同時多発テロ以来、各国と連携して、いわゆる「テロとの戦い」を始めました。「テロとの戦い」は、世界中で進められていますが、アメリカが最も力を注いでいるのが、イラクアフガニスタンで行っている軍事作戦です。アメリカのブッシュ大統領は、このほど、イラクの治安情勢が安定に向かい始めているとして、イラクから8000人の兵力を撤退させ、かわりにアフガニスタンの駐留兵力を増強すると発表しました。「テロとの戦い」の重心を、ややアフガニスタンに移そうというものです。そこで、出川さん、アメリカは、イラクの治安が安定し始めているという見方をしているようですが、どう思いますか。

(出川展恒 解説委員)はい。確かに治安の改善傾向がみられます。こちらは、武装勢力の攻撃で死亡したイラクの民間人の数を月ごとに示したグラフです。去年夏以降、大幅に減っています。
 一方、多国籍軍の兵士の死者数は、イラクでは減少していますが、アフガニスタンでは増加を続けていまして、今年5月以降、死者数は逆転しました。

(秋元)イラクの治安が改善に向かっているのはなぜですか。

(出川)去年2月に始まったアメリカ軍とイラク軍の合同軍事作戦の効果と言えますが、
重要なのは、以前、アメリカ軍を激しく攻撃したスンニ派武装勢力の一部が、アメリカ軍に協力し、国際テロ組織「アルカイダ」と戦うようになったこと。そして、シーア派の反米強硬派の指導者サドル師が、武装闘争を一方的に停止したことです。サドル派は、フセイン政権崩壊後、勢力を拡大し、大きな民兵組織を持っています。

(秋元)イラクでのアメリカ軍の活動は、軍事行動としては、かなり異質なもののように思います。軍事というのは、そもそも一定の目的を達成するための手段であるはずです。もともと、アメリカ軍がイラクに侵攻した目的は、フセイン政権の打倒であり、大量破壊兵器の捜索でした。ところが、その作戦が終わると、次には、旧フセイン政権を支持する勢力や、外国から侵入したテロリストの掃討作戦に作戦の目的が変わり、その後、イラク民主化プロセスが始まると、反政府勢力の抑え込みが目的となりました。最近では、スンニ派シーア派の宗派対立に介入することも、任務の一つになってきました。
つまり、社会の安定化という、非常に曖昧な目的を達成するため、際限なく軍事行動を拡大してきていることが、イラクでの軍事作戦の終結を難しくしています。

(出川)イラク大量破壊兵器はなく、フセイン政権とアルカイダとのつながりもなかったのに、戦争を行った結果、イラクはテロの巣窟となってしまいました。治安は改善に向かっているものの、「安定からは程遠い」と言わざるを得ません。根本的な問題が解決されていないからです。
 フセイン政権崩壊後の民主化プロセスの中で、シーア派アラブ人とクルド人が政治の主導権を握り、スンニ派アラブ人が力を失い、異なる宗派や民族の間の対立に火がつきました。外国から侵入した武装勢力も加わり、暴力の嵐が吹き荒れました。
 莫大な石油の富の配分をめぐる争いも深刻で、話し合いで解決する道筋はできていません。スンニ派は疎外感を深め、クルド人は独立志向を強めています。

(秋元)アメリカは、早く、治安維持の権限をすべてイラク側に渡したいと考えています。そのために、イラク軍や警察の訓練をしたり、装備を提供したりしているようですが、効果はあらわれていないのですか。

(出川)イラクの軍や警察は、とても自立できそうにありません。そればかりか、治安機関に民兵組織が雇われ、宗派対立の先兵となっています。マリキ政権の政権基盤は弱く、国民に信頼されていません武装組織が跋扈し、違法な武器が大量に出回り、政治、宗教、石油をめぐる争いが、激しい暴力に発展する危険を秘めています。
 今月来日したイラクオスマン環境相に、「イラクは、ひとつの国としてまとまって行けますか」と尋ねたところ、「このままでは、分裂してしまう可能性が高い」という答えが返ってきました。イラクの将来は決して楽観できません。

(秋元)もし、アメリカ軍が大規模に撤退すれば、イラクは「破綻国家」と化す危険があります。それは、アメリカの敗北を意味します。一方、今のままの混乱が長く続きますと、アメリカは軍事力を消耗し、イスラム世界の反米感情を高め、国際社会での威信を低下させることになります。だからアメリカは、早急にイラクの治安を安定させ、軍隊をイラクから撤退させたいと考えています。そこには、目算を誤ったイラクから早く手を引いて、アフガニスタンに戻りたいという思惑も見え隠れします。そのアフガニスタンですが、最近、再び治安が悪化しているのはなぜですか。

(出川)最大の原因は、イスラム原理主義勢力「タリバン」の復活です。タリバンは、隣国パキスタンの国境地帯に拠点をつくり、麻薬の密輸で得た資金で、兵士と武器を調達し、勢力を盛り返しました。

(秋元)アフガニスタン政府の統治能力はどうですか。

(出川)カルザイ大統領率いるアフガニスタン政府は、タリバンを封じ込めることも、人々の生活を改善することもできず、汚職も蔓延し、国民の支持を失いつつあります
 また、誤爆によって大勢の民間人の死者が出たことで、多国籍軍への反発も広がりましたアメリカが、タリバン政権を倒した後、アフガニスタンの再建を中途半端のまま放置し、イラク戦争に突入したことが大きな禍根を残したと言えます。

(秋元)イラクアフガニスタンの状況は似たところがあるように思えますが、アフガニスタンの場合、治安維持のプロセスは、イラクよりも充実しています。治安の維持は、NATO北大西洋条約機構を中心とする「国際治安支援部隊」が行っていて、アフガニスタンの治安部隊の教育や訓練にあたっています。また、それと並行して、元タリバンのメンバーの武装解除や社会復帰を支援したり、非合法の武装集団の解体を進める作業も行われ、治安維持への取り組みが多面的に行われてきました。ただ問題は、そうした改革の成果が現れる前に、治安の悪化の方が先行しているということでしょう。こうして見ると、出川さんは、イラクアフガニスタン、両地域の安定に共通して必要なことは、何だと思いますか。

(出川)ブッシュ大統領が掲げた「テロとの戦い」は、「敵か、味方か」という二元論に立ち、武力で「敵」を倒すことに主眼が置かれ、新しい国づくりは、常に後手に回りました。軍事作戦は、対症療法にすぎません。問題の根本的な解決は、政治と経済の建て直しにかかっています。中央政府がしっかり統治できるようになり、民兵組織を解体し、雇用の機会をつくり、すべての国民を国づくりに参加させることが必要です。周辺国の協力も欠かせません。

(秋元)テロ対策には、力でテロを封じる軍事行動と、時間がかかるが根本療法になる復興支援をバランスをとりながら組み合わせて行う必要があるということですか。

(出川)その通りです。「イラクはうまく行っている」と錯覚すれば、アフガニスタンの二の舞となるでしょう。ですから、国際社会は、イラクも、アフガニスタンも、本当の意味で安定したと言えるまで、支援を継続することが必要です。長い年月がかかることは覚悟しなければなりません。
 一方、テロがなくならない背景には、「ダブルスタンダード二重基準)」という言葉で象徴されるアメリカの公平さを欠いた中東政策があります。対立する相手に、「テロ国家」、あるいは、「テロ組織」のレッテルを貼って、対話の道も閉ざしてしまう。こうした政策の根本的な見直しを、アメリカの次の政権には、期待したいと思います。

(秋元)アメリカは同時多発テロ以降、すでに100万人以上の兵力をアフガニスタンイラクに送りました。
 しかし、「テロとの戦い」は、本来、軍事だけでなく、司法、外交、金融、教育など、国家のあらゆる機能を集約して各国と密接に連携しながら、取り組まなければならない課題であり、ただ力を行使するだけの「戦争」とは、明らかに異なります。この出口が見えない「テロとの戦い」に、私たちはどのように関わっていくべきか、同時多発テロから7年が経った今、改めて真剣に考えなくてはならない課題のように思います。(終了)