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プロパガンダの諸特性・技法

以下は「プロパガンダ : 広告・政治宣伝のからくりを見抜く」A.プラトカニス,E.アロンソン、誠信書房、1998(Age of propaganda : the everyday use and abuse of persuasion / Anthony R. Pratkanis and Elliot Aronson. W.H. Freeman Company,New York 1992)
よりメモ。

プロパガンダの定義・理解すべき理由

・著者は社会心理学者、プロパガンダを説得の一技法としてその技術的有様を分析。題材は現在のアメリカの政治、第2次世界時のナチスの宣伝にとっている。
・著者(アロンソン)は1932年アメリカ生まれで「ドイツ人はみな悪魔、日本人はみな卑劣で信頼できない、アメリカ人はみな品格があり正直でフェアな精神の持ち主で信用できる」と考えていた。1940年当時の戦争映画に現れた人種的風刺を真面目に受け取っていた。当時大人も戦争映画に含まれる基本的メッセージを信じた。
湾岸戦争を経験した1991年のプロパガンダの時代には。民主主義を滅ぼさないために、最も必要とされるのは自らのメッセージを明確かつフェアに送り出す話者と、プロパガンダを行う話者を、識別できる知識豊富な有権者だ。そのためにこの本を書いた(前文、pi)
アメリカ政府は自国に有利なプロパガンダを行いアメリカのやり方の正当性を主張するために、8000人以上の人間を雇い、年間経費4億ドル、年間90本の映画を製作し、22カ国で12種類の雑誌を製作し、VOAは37カ国で800時間の番組を放送し、推定7500万人がこれを聞いている。(p5)
・ここでは脱工業化社会の大衆説得の技法を指してプロパガンダと呼ぶ。プロパガンダという言葉がよく使われるようになったのは20世紀初頭からで、第1次世界大戦中およびその後の全体主義体制の中で使われた説得技法を指す。最初プロパガンダは主として嘘や騙しによって偏った考えや意見を流布させる事と定義されたが、後にシンボルや個人の心理を操作することで、特定の観点を受け手に伝達することであると認識された。その目的はその観点をあたかも自分自身のものであるかのように自発的に受け入れるようにすることだ。(p10)

今日の説得の基本的状況

(1)人々はメッセージにあふれた世界に住んでいる。送り手はそのメッセージが目立つよう努力する必要がある、受け手は大量のメッセージに圧倒されどれが重要なメッセージか理解するのが困難になっている
(2)人々がメッセージ受容に長い時間を使えなくなった為、短いメッセージしか有効でない。短く・覚えやすく・視覚に訴えるメッセージが有効。その結果、送り手は理路整然とした議論をスローガンやイメージに変え、複雑な議論を単純な2者択一問題にしてしまう。
(3)メッセージ伝達は以前よりずっと素早く行われる。事件がおきてから1週間も待つことなく関連したメッセージがあふれる。その結果受け手は一つ一つについて考える時間はほとんどない。
(4)人々は説得的メッセージ(プロパガンダ)の仕組みを学ぶ機会がほとんどない。その結果多くのアメリカ人が自分の社会の意思決定過程に当惑を覚えるようになっている。

技法1:大衆の自分勝手な合理化を利用する

・戦争時の宣伝の最も破壊的な機能の一つはある国の国民が他国の国民を、罪悪感なしに破滅に追いやることを可能にすることだ。戦争では多くのものが破壊される、しかし破壊側の国民は「自分はフェアで上品で理性的である」と考える。これに対し自国のもたらした甚だしい破壊・殺戮は自国および自分のイメージと一致しない(認知的不協和理論)。ここで「上品で理性的な自分はこんな破壊をしていいのか?」という疑問を解消するために、破壊された他国は「殺されても仕方のないほど野蛮であり人間性は低い、戦争を仕掛けた罪があり破壊されても仕方がない」という認識が起こりやすい。プロパガンダはこれを利用するため、他国は破壊されてもしかたのない行動をしているという情報を流し容易に受け入れられる。

例1:アメリカ人は自国を「フェアで上品で理性的である」と考えている。第2次世界大戦中広島・長崎への原爆投下で当時10万人以上の市民の死者がでた。しかし1週間後のアメリカの世論調査でも95%が原爆使用を支持し、23%は更に使用すべきだとしている。
例2:湾岸戦争の時に、多国籍軍の爆撃により1万人以上の市民が犠牲になった。しかしこれに少しでも注意を払ったアメリカ人はいなかったと思われる。アメリカ人は自分を「フェアで理性的である」と考え自国の攻撃を批判せず、死んだイラク市民の側には死んでも仕方がない「理由がある」と自分を説得したと考えられる。

・この心理メカニズムは戦争での残虐行為をエスカレートさせる。我々は、敵を非人間化することで敵に残虐な行為をする事を正当化する。敵は非人間的であるとする、自分の残虐な行為の正当化は、「敵は非人間的」であるのだからこれもよいだろうと認識させ、ますます残虐な行為を容易にさせる。(p44)

技法2:比喩の効果

・1991年の湾岸戦争の前、アメリカ議会は戦争に突入した時の肯定的結果と否定的結果について議論をしていた。戦争を支持する人は、サダム・フセインを現代のヒトラーとみなした。戦争に反対する人はイラクの状況をかつてのベトナムに類似していると考えた。これは曖昧な事象に関して誰の比喩(評価)が正しいのかをめぐる討論だったと言える。ある人物、事象をどののようにカテゴライズするかで、それに対して取る行動が決まってしまうからだ。すなわち「サダム・フセインヒトラーと同じだと分類できれば戦争肯定、イラクベトナムと同じなら戦争反対となる。」(p65)

・「心理学者トマス・ギロヴィッチの研究では、ある事象についてその事実と無関係に類似性を与えてもそれが行動に影響を与える結果がでた。紛争についてナチスドイツとの類似性を与えられた方がベトナムとの類似性を与えられた方より、アメリカ軍の介入を認める傾向を示した。
 すなわち、政治学を専攻する学生に、架空の国際危機の解決判断を求めた。危機とは小さな民主国家が攻撃的かつ全体主義的な隣国の脅威を受けているというもので、それへのアメリカの介入の是非を判断を求めた。ある学生群には、その国の民主的な少数派への差し迫った進攻はブリッツリーグ(ナチスドイツの電撃作戦の名)で、その時のアメリカ大統領はニューヨークの出身(WW?で開戦を決意したルーズベルトを思わせる)で、危機の状況説明の会場はチャーチル・ホール(WW?での英国の首相の名)と説明した。別の学生群には、危機は単にクイックストライク(急襲)で、大統領はテキサス州出身(ベトナム戦争に深く介入したジョンソンを思わせる)で、危機の状況説明の会場はディーン・ラスク・ホール(David Dean Rusk、ベトナム戦争時の国務長官を思わせる)とされた。その結果危機説明でナチスドイツとの類似性を与えられた方がアメリカ軍の介入を認める結果となった。【Gilovich,T, Journal of personality and SocialPsychology,40,797(1981)】

・古典的な説得ではアナロジー(類比・比喩)は説得の一技法と考えられている。人はそれが何になぞらえるかで、それがその物事の本質と受け取りがちだ。しかしここで騙されないためには、類比には本質的に次の2点が重要な事を記憶すべきだ。?類似性はその物事の重要な側面について行われるべきだ?判断をする時に、2つの物事に明らかに非類自性があればそれを無視してはいけない

技法3:繰り返されるメッセージ

・繰り返されるメッセージは効果がある。同じ広告が何度も繰り返されると人はそれに慣れ親しみ、慣れ親しむと魅力と好意が生じる。これは大統領選挙でも同様だ。ゲッベルスは「大衆は最も慣れ親しんだ情報を真実と呼ぶ」とした。「一般市民は私たちが想像する以上に原始的だ。プロパガンダは常に単純な繰り返しでなくてはならない。結局諸問題を簡単な言葉に置き換え、識者の反対をものもともせず、その言葉を鮮明な形で繰り返し繰り返し主張し続けた方が、世論に影響を与えるという結果を残せる」(p158)

技法4:教育はプロパガンダである

・教育と宣伝(プロパガンダ)を区別することは困難だ。人が一連の教示を教育とみなすか宣伝とみなすかは大部分その人の価値観にかかっている。しかしそれ以上に複雑な状況がある。(1)見る人の価値観はその人の数だけ複数あるので、ある情報を簡単にこれはプロパガンダであると決められない、(2)教育が宣伝を兼ねている場合がある(小学校で算数を教えるのに小売販売を例になぞらえるのは、算数の教育であると同時に資本主義の宣伝でもある)(3)同じ情報でも受け手の立場によっては宣伝にも教育にもなる(エロ雑誌の情報は若者には宣伝、取り締まる警官には教育)、(4)同じメッセージを対立する両者が共に偏向しているとみなす場合も多い(イスラエルの攻撃を報じるニュースをパレスチナ側もイスラエル側もともに相手の宣伝だとみなす場合がある)、(5)受け手があるメッセージを一旦受け入れるとその価値を必ずしも受け入れていなくてもそれを正しいとみなす場合がある(好きな大統領の行動はそれが正しくなくても受け入れる)

 結論として両方ともが歪んだコミュニケーションだと言っているのではない。様々な意見が交錯し、人々の感情的思い入れが強い場合、双方の立場の人が共に公正だ、偏向していないと考えるメッセージ(コミュニケーション)を構築するのはほとんど不可能だという事だ。(p252)

技法5:報道(ニュース)はプロパガンダである

・ニュースの場合、何を選択して放送するかという事が宣伝(プロパガンダ)の基本的事項だ。ウォルター・リップマン「何らかの検閲なしには厳密な意味での宣伝は不可能だ。宣伝を実行するためには大衆と出来事(生の情報)との間に障壁がなければならない。(略)大衆に対して何の出来事のどの部分を見せるかを決めないと、大衆がその出来事をどう解釈するかは予想できない(大衆の解釈を支配できない)」


・西側社会においては個々のメディアの独立した独自の判断により「何を選択するか」は決まり、それにより言論の自由・情報の公開性が保たれている。しかし西側社会でもこれに反する場合がある。
(1)ナショナリズムの圧力:湾岸戦争の際、アメリカ軍への取材は制限され指揮官への合同取材しか認められなかった。独自に取材しようとした記者は憲兵により逮捕された。しかしこれを批判したアメリカ人はほとんどいなかった。
(2)ニュース自体の魅力による偏り:映像ニュースの選択はその娯楽的要素の多さにより支配されている。(重要なニュースと同時に見て面白いニュースが選択される)これは映像ニュース選択における根本的な問題であり、直接的には視聴率の問題として認識されている。このような報道姿勢では国内で起きている事を公正に伝えることはできない、それは送り手が悪意や操作しようとしているのではなく、ただ単純に我々を楽しませようとしている結果なのだ。こここで送り手側に特定の意図はなく、受け手をただ楽しませようとしているだけなのだ。(p263)

 例1:暴力沙汰にならないと重要な事件でも伝えないテレビ局
1970年5月1日のテキサス州オースチンでのデモ報道の例:アメリカ軍のカンボジア侵攻に抗議する学生のデモが警察と衝突した事件は大きく報道された。その数日後デモ中の学生が警察に殺害された為、より大きな衝突がおきると予想され多くのテレビ取材班が集まった。しかし裁判所が学生のデモを許可し関係者が配慮したため衝突は起こらず平和の内に抗議デモが行われた。だがこれをテレビはまったく伝えなかった。
 例2:重要度は低くてもドラマチックな事件は伝えるメディア
1983年2月13日オースチンで50人ほどのKKK(人種差別主義団体)のメンバーが市の議事堂に向かって行進をし約1000人の市民から石やビンが投げられ怪我人がでた。テレビで全国報道され国中の新聞に写真つきで記事が掲載された。

技法6:ナチスの宣伝方法

ヒトラーは第1次世界大戦の英米の宣伝方法にならった:ヒトラーは第1次世界大戦でドイツが敗北したのは英米政府が宣伝を巧みに使ったからだとした。「敵は素晴らしい方法と見事な計算に基づいてやってのけた。私自身この敵側の戦争宣伝から非常に多くのことを学んだ」

・第1次世界大戦の英米の宣伝内容:運営委員会と宣伝機関を設立。アメリカ:クリール委員会(国民情報委員会)の設置、また映画業界への戦争支持映画制作のよびかけ。

・最も効果のあった第1次世界大戦の英米の宣伝:「敵が罪もない市民や捕虜に残虐な行為を与えたという話の報道」、ドイツ軍の兵士は敵兵の死体を茹でて石鹸を作っている、占領下のベルギーでは市民が酷い扱いを受けている、ブリュッセルではイギリス人看護婦がドイツ兵により殺された、客船ルシタニア号がドイツ軍により撃沈された、など

ヒトラーの宣伝の方針:効果的な宣伝は単純なヒューリスティクス(多数派に習え)に導かれたもので感情に訴えるべきだ。「宣伝効果のほとんどは大衆の感情に訴えるべきだ。(略)大衆に関して過度の知的要求をしてはならない。大衆の受容性は非常に限られており彼らの知性は低い、一方忘れる能力は高い。宣伝を効果的にするには、要点を絞り、大衆の最後の一人がスローガンの意味を理解できるまで、そのスローガンを繰り返すことだ」(p292)

技法7:ナチスの説得技法の列挙

・(重要)説得は社会の上層から下層の大衆に行うべきものだ、を実践したこと:大衆は無知でまともに物事を考える能力などないという考え方で、一貫して実施したのが成功に結びついた。
・(重要)恐怖アピールとグランファルーン法:ユダヤ人を差別するという本質的でない基準によって、集団を分けても大衆は同じ集団に属する人に対して、大変な結束を持つ。ユダヤ人による脅威をあおり国民に恐怖を植え付けることで、ナチス指導による団結は強固になった。1940年の映画「永遠のユダヤ人」*1映画「ユダヤ人ジュース*2などを使用した。
娯楽性をもたせること:ニュース番組を有名な歌手や人気者が出るように構成する、映画、演劇など芸術を完全に支配する、ポスターでは視覚に訴えるデザインを使う、
・単純なスローガンや用語の使用:複雑なメッセージではなく単純でわかりやすい短い言葉の使用。ある意味をもった特定の言葉の使用(総統はヒトラーだけを指す)
・皆が賛成していると見せかけること:映像などでナチスを皆が賛成しているように見せかけ、大衆のよく理解はできないが皆が賛成しているなら正しいだろうという、ヒューリスティック(経験則)を使わせること
・メッセージを確かなものとして送ること:実際には不確かな主張でも演説では確かなものとして述べること。送り手が確信をもっていると感じさせる事で、受け手にそのメッセージを信頼させ受け入れやすくする。
歴史的事項の利用:声明を出すのにマルチン・ルターの95の命題を連想させる声明とする、ポスターにデューラーの様式を用いる、ナチスを宣伝する映画には歴史的人物の伝記を取り上げる
・予防接種的メッセージの使用:ドイツ軍が敗北した場合に備え、予め敵は手ごわい、楽観的な希望や幻想は否定するメッセージを出す。それによりドイツ軍が戦闘で敗れても大衆は「これは困難な戦いだが、我々はもっと頑張らなければならない」と考えてくれる。
・悪口や噂の利用:対立政党への中傷(p290)

*1:ドイツ映画『永遠のユダヤ人』(独: Der ewige Jude, 英: The Eternal Jew)1940年に公開。第三帝国の宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスの指示で制作された反ユダヤ主義的なプロパガンダフィルム。原題は「彷徨えるユダヤ人」という中世の民間伝承の登場人物を指すドイツ語

*2:1940年のドイツ映画『ユダヤ人ジュース』(独: Jud Sus, 英: Jud Suss)