zames_makiのブログ

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NHKの科学の危険性を指摘する番組は正しいのか?

2015年3月よりNHK不定期放送されている「フランケンシュタインの誘惑」、科学の危険性を過去の具体的事例で説明するよい番組だったが、2016年4月より[新]がついて定期放送となった。しかしそのヒーラ細胞をあつかった「死ねない細胞 世界を救った黒人女性の悲劇」の回は理研のiPS細胞の研究者を呼び、理研擁護、視聴者に科学への絶対帰依を説く、むしろプロパガンダとも言える酷いものだった

 ヒーラ細胞(HeLa細胞)は米国の黒人女性ヘンリエッタ・ラックスから1950年代に無許可・無通告で採取され、それが研究に便利なヒト細胞(ヒトのがん細胞)で、当時初めて発見された実験室で無限に増殖する死なない細胞であったため、ヒト細胞の実験に使えるため極めて有用だった。現在でも日本でも使用されている細胞だ。米国ではこれを培養し金で売る組織があり今まで数トンもの細胞(それはラックス氏の一部である)が世界に売り渡された。ラックス氏は数年後にガンで死亡、ラックス氏の家族にはなんの連絡もないまま10年以上がたち、2000年代にドイツでヒーラ細胞のDNA情報(それは最高の個人情報である)が研究発表される段になって家族が知ることとなった。

 これにはいくつもの倫理的問題が存在する。個人の細胞を医者が勝手に採取し使って良いのか?それで利益を得て良いのか?それらの問題が発覚した現在、なぜ使用し続けるのか?特にラックス氏の長男はヒーラ細胞の使用に肯定的でない事(つまり家族全員の承認はとれていない)、又現在ではある程度のヒト細胞培養は可能で、必ずしもヒーラ細胞は必要でないのに、なぜ科学者は自ら自分の行動の是非を判断し、その使用をやめないのか?

 番組ではヒーラ細胞に関する顛末を詳しく説明し、特にラックス氏の長男に取材しこれらの問題をほのめかしたが、本来廃棄すべきだとの説明はまったくなかった。また現在およびこれからの生命科学の倫理的問題として、この事件にどんな問題があるかもまったく説明しなかった。
 むしろ番組は2人の専門家(医学者で科学者)に喋らせ、それが研究に必要な事、今も当たり前に使われている事だけを伝えた。特に理研のiPS細胞の研究者高橋政代氏は、自分が倫理的問題を犯している後ろめたさをまったく見せずに「使うのはあたり前、こういったものの説明は患者にするが限界がある、むしろ国民が理解する事が大事だ」と述べており、番組はまったくそれに注釈を加える事はなかった
 これは明らかな理研擁護だ。今日本政府とマスコミが熱中しているiPS細胞の発展のためそれに邪魔になる生命科学の倫理的問題は触れずむしろ国民がそれに理解をする事が大事だという番組なってしまっている。

ヒーラ細胞・ES細胞・再生医療に関わる倫理的問題とは少なくとも以下だろう

  • 1:医者は患者の細胞使用を当人の承認なしにすべきではない(ラックス氏の家族の承認はとれていない)
  • 2:個人の細胞は個人の財産なのか?フランスでは財産権は認めないという規則が出来ているという。細胞も組織も臓器もそれを売買する事は倫理的に問題がある。臓器の売買が公的に認められれば、貧しい者にはよい生活をしたければ売るのが当たり前だという圧力がかかり(貧困は自己責任となってしまう)、金のある者には買ってあたり前、買わない者が馬鹿だという思想や倫理がはやる事になる。
  • 3:ES細胞はヒトの胚(卵子)にDNA操作をして作られる、その胚はある個人のものであり、本来分裂しヒトとなるべきものだ、その本来なるべき「誰か」を殺して(=DNAを抜き取って)ES細胞に作り替えるわけだ。つまり細胞レベルではあるがES細胞による医療は「誰かの死」を前提に、誰かの死と交換に、自分の治療を行おうとするものだ。この操作の倫理的な意味は脳死患者からの臓器移植と同じだろう。ヒトははたして誰かの死を踏み台にすることで寿命を延ばしてよいのだろうか?(日本では国家レベルの議論で脳死がヒトの死であると決まった訳ではないのは周知の事実であろう)
  • 4:再生医療に根本的にどんな倫理的問題があるかは最近読んだ島薗進「いのちを”つくって”もいいですか」(NHK出版、2016年)で衝撃を受けた。要旨を言えば再生医療は従来の治療を越えて、人間の改造(エンハンスメント)であり、そこでは人間が今までも持っていた「いのちとは授かり物で自分ではどうにもならないもの」という文化・思想・倫理を破壊する事になるという事だ。人(いのち)はそういう不自由なものだからそれを前提に社会や倫理を作ってきてそれが今までうまく機能してきた、それが破壊された恐ろしい社会になると指摘されている。端的に言えば、
  • ・ドーピングしてなぜ悪い、して当たり前になる
  • ・自分の子供を自分勝手にデザインし、子供の全てを親が左右し支配する事になる。同時にその責任(失敗)も親が負う事になる。それは親にも子にも幸福なのか?
  • ・金で自分の体の改造をしてあたり前、病気など具合が悪いのはその人の稼ぎが悪いからであり、病気で苦しんでいる人に同情する事はなくなる。
  • ・貧乏人はそうした改造ができず、社会が根本的に階層化(階級化)する。人に様々な能力差があるのはその人の個性ではなく、金の結果、所属する階層の結果であり、根本的に社会が分断される。
  • ・逆に同じ処置を受けた人の中では、能力が均一化され個性がなくなる。病気の有無も身長も体重も性格も、医学により操作できるものになり、その人の何が本来のその人であるか分からなくなり、個性という考え方自体が変わってしまう。

島薗進氏は東大出身の聡明な宗教学者生命倫理の研究者、国の審議会の委員もしていた。島薗氏の本はレーガン政権下の米国の国家的議論の報告書である「Beyond Therapy」(2003年)(邦訳:治療を越えて、青木書店、2005年)をベースにしており、その中でも特にマイケル・サンデル教授の「giftedness of Life」(いのちは授かりもの)の考え方を重視している。

この番組今後はどうなるのだろうか?

NHK番組の記録は以下

http://www4.nhk.or.jp/P3442/
第1弾
初回放送:2015年3月5日(木)22:00〜22:59 NHKBS3
フランケンシュタインの誘惑 科学史・闇の事件簿「永遠の命”不死細胞”狂想曲事件」
再放送:2015年3月21日(土)11:00〜11:59
再放送:2015年6月30日(火)15:00〜16:00
(番組紹介)
私たちの世界を変え、暮らしを豊かにしてきた偉大な科学の歴史。光り輝く表舞台から消えた闇の事件にスポットを当てる。今回のテーマは世界が興奮した「不死の細胞」の誕生。1912年、一つの医学論文が世界を驚かせた。永遠に生き続ける「不死の細胞」の培養に成功したというのだ。論文を書いたのは「神の手」を持つと讃えられ、ノーベル賞を受賞した天才外科医。ところが…?
【ナビゲーター】吉川晃司【ゲスト】?【司会】?

第2弾
初回放送:2015年7月2日(木) 午後9:00〜10:00 NHKBS3
フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿「愛と憎しみの錬金術 毒ガス」
(番組紹介)
科学史に埋もれた“闇の事件”にスポットを当て、科学の真の姿に迫る「フランケンシュタインの誘惑」第2弾。今回は、現代の錬金術・化学の世界で起きた悲劇。20世紀初頭、人類の目の前に迫っていた食糧危機を救う技術を開発してノーベル賞を取った偉大な化学者、フリッツ・ハーバーが、祖国ドイツのために悪魔の錬金術・「毒ガス」開発にのめり込んでゆく。差別、愛する妻との壮絶な愛憎悲劇、交差する数奇な運命…。
【ナビゲーター】吉川晃司,【ゲスト】池内了,西林仁昭,【司会】武内陶子

第3弾
初回放送 2015年11月26日
フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿「放射能 マリーが愛した光線」
(番組紹介)
物理学者マリー・キュリーは夫ピエールと二人三脚で放射能を発見し、女性初のノーベル賞を受賞。何物にもよらずエネルギーを発する放射能の発見は、「原子は分割不可能で不変の、物質の最小単位」という、それまでの常識を覆し、「核の時代」の扉を開くものだった。夫の急死以後、子どもたちさえ顧みず研究に没頭。マリーの純粋な科学への愛は次第にゆがんでゆく…。知られざるマリーの一面に迫る。
【ナビゲーター】吉川晃司【ゲスト】?【司会】?


第4弾
=偏向放送、理研擁護甚だしい。科学の暴走・倫理的な逸脱を説明するものではなく、むしろ国民にiPS細胞が倫理犯しても良いのだと承認を求める内容だった
初回放送=2016年4月28日
フランケンシュタインの誘惑[新]「死ねない細胞 世界を救った黒人女性の悲劇」
(番組紹介)
人類に功も罪ももたらす「科学」。そんな科学の知られざる姿に迫る新番組。今回は、ある黒人女性の細胞「ヒーラ」の物語。世界で初めて培養に成功した人間の細胞ヒーラは、医学・生物学・生命科学の扉を一気に開け放った。ポリオワクチンの開発、がんの研究、さらにはiPS細胞の発見…。世界を救うほどの成果をもたらし、本人の死後65年にわたって、今なお生き続け世界中の研究室で増え続けるヒーラ。その栄光と、悲劇とは?
【ナビゲーター】吉川晃司【ゲスト】黒木登志夫(日本学術振興会 学術システム研究センター ガン研究者),高橋政代理研 多細胞システム形成研究センター 網膜再生医療研究開発プロジェクト
高橋 政代 プロジェクトリーダー),【司会】武内陶子

理研が取材協力している(理研HPの取材協力のページ)
http://www.riken.jp/pr/blog/2016/160427_1/


第5弾
放送予定=2016年5月26日
フランケンシュタインの誘惑「原爆誕生 科学者たちの“罪と罰”」
(番組紹介)
人類に功も罪ももたらす「科学」。その知られざる姿とは?今回は、第2次世界大戦中、原子爆弾を誕生させた巨大プロジェクト“マンハッタン計画”のリーダー「原爆の父」ロバート・オッペンハイマーを中心に、核兵器開発に携わった科学者たちの「罪と罰」に迫る。ナチスドイツに先を越されてはならないと始まった開発が、なぜドイツ降伏後も続けられ、広島・長崎に投下されたのか?科学者たちは何を考え、どう行動したのか?
【ナビゲーター】吉川晃司【ゲスト】?【司会】?

第6弾
放送予定=2016年6月30日
フランケンシュタインの誘惑「汚れた金メダル 国家ドーピング計画」
(番組紹介)
人類に功も罪ももたらす「科学」。その知られざる姿とは…。発覚のたびに大きな話題となるスポーツ選手のドーピング。今回は、旧東ドイツが国家ぐるみで行なった史上最大規模のドーピング事件に光を当てる。人体への深刻な影響を知りながら計画を実行した科学者が編み出した、驚くべきテクニックの数々。薬物を投与されていることさえ知らなかった元選手たちの苦しみ。残された極秘文書から恐るべき実態が明らかになる。
【ナビゲーター】吉川晃司【ゲスト】?【司会】?