zames_makiのブログ

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戦争映画としての「坂の上の雲」(第1部)

=第1回〜2回は軍人が主人公だが彼らの成長譚であり戦争描写や軍人という職業の意味を問う場面はない。

第3回:国家鳴動(2009年12月13日放送)

日清戦争の開始の経緯が伊藤博文らを中心に描かれる。しかし朝鮮・中国側の状況はまったく描かれておらず、あくまで日本側の視点しかない。開戦経緯は山田朗など歴史家の示している開戦事実(日本の基本的な侵略意図や日本軍の残虐行為)ではなく帝国列強からの日本の防衛のためとされている。事実叙述的であり戦争を賞賛も批判もしていないが、観客は戦争は仕方のないもの、即ち当時の状況から見て日本に批判される理由はないと受け取るだろう。

・清国戦艦の日本訪問:優秀な清国軍艦の日本訪問で東郷平八郎は中国軍を知る。東郷平八郎は清国の軍艦は最新鋭だが兵の規律がないので勝てると宣言し、後の太平洋戦争での精神主義がさかのぼってこの時点でも強調される。しかし歴史研究者は日露戦争までは日本はドイツ式の大兵力・強力な兵器による勝利をめざす方針であり、このドラマの描写は太平洋戦争での日本軍イメージを誤って投影している。

日清戦争開始の経緯:伊藤博文ら日本政府首脳の会話で開戦の経緯が語られる。まずナレーションが戦争の原因は朝鮮半島の位置にあり日本はロシアなどからの自衛のために戦争がおきたのだとしており、日本の帝国主義的侵略意図は完全に隠されている。まるでそこに朝鮮があったのがいけないと言わんばかりだ。その上で政策決定者である首相伊藤博文は当初在留邦人保護の平和的意図で派兵したが、川上操六陸軍参謀次長と陸奥宗光外務大臣の計略で派兵人数を水増しされ、なりゆきで仕方なく開戦したと描かれ、日本側の侵略意図は描かれない。伊藤首相は開戦決定最終段階でもロシアとの全面戦争をおそれる平和的な人物とされている。ナレーションは川上操六と陸奥宗光が戦争の主役だと言う。一方朝鮮側が東学党の乱でも中国救援を求めても日本には求めなかったこと、日本が東学党の乱が終った後に戦闘を開始したという事実関係は述べている。

主役:
伊藤博文加藤剛)首相。穏健で慎重な平和を大事にする人間と描かれる。
川上操六(國村隼)陸軍参謀次長。積極的に日本軍派兵を求める、しかし戦争開始意図は述べない。派兵人数を水増しし既成事実化する行為は後の日中戦争関東軍の行為と似せてあるように思われる。
陸奥宗光大杉漣外務大臣。川上と協力して戦争開始へ伊藤を説得する。

第4回:日清戦争(2009年12月20日放送)

日清戦争の諸エピソード。ドラマの主眼は戦争描写(戦闘描写)や戦争目的ではなく、後に英雄となる主人公の豪胆さ(好古)や人間的成長(真之)にあるようで、各エピソードのメッセージがばらばらで統一された視点や全体としての起承転結はない。激しい戦闘描写や日本兵の被害、中国民間人の被害なども描写されるがその意味合いは曖昧で、演出意図は戦争批判ではない。苦しむ中国人の姿に重ねて当時は勝者の絶対的優越が当たり前の帝国主義の時代だったとのナレーションが入り、残酷な戦争や略奪を行った日本兵への批判ではなくむしろ弁解になっている。エピソードはアメリカ映画のように戦争を正面から正当化はしていないが、少なくとも帝国主義を否定する反戦的視点はまったくなく、全ての出来事は日本国の成長過程のエピソードとして暗黙に正当化されている。

東郷平八郎の英国汽船攻撃:巡洋艦「浪花」の艦長東郷平八郎による高しょ号攻撃。東郷は中国兵を輸送していた非武装の英国船を沈め乗船していた中国兵1100人を見殺しにする。交戦国でない英国商船を沈めた東郷の行為は正当であったかが問われ、ドラマは正当だ東郷は優秀であり、さすが後の日露戦争の英雄だと賞賛する。しかし東郷は攻撃後海上に投げ出された中国兵を見殺しにしており疑問が残る。ここでは作者司馬遼太郎とドラマ制作者の国際法と人道的行為(殺す必要のない敵は殺さない)への無理解という点で東京裁判に批判的な多くのドラマと共通した自国中心主義・右翼的傾向となっている。このような日本軍の残虐行為の有無を問うならば日清戦争での日本軍の朝鮮人民間人への残虐行為を問題とすべきであり、このドラマは瑣末な事例だけを取り上げて自国を正当化している。

小村寿太郎袁世凱の面会:上記の行為を日本の外交官が中国人に対し正面から正当化するのを勇ましい行為と描く。いかなる時でも相手の理解を求め交渉を図るべき外交として恥ずべき行為を賞賛する描写であり、後の日中戦争での近衛文麿の無謀な宣言「中国政府を交渉相手とせず」を追認するような描写になっている。

秋山好古の旅順要塞周辺での戦闘:秋山好古は騎兵隊大隊長として200の斥候を率いて2000の中国兵と戦闘、苦しい戦闘で好古の豪胆さと人間的鍛錬の高さが強調される。しかし戦闘描写は奇妙で、映像は周到な準備をした優勢な日本軍が密集隊形の中国軍を奇襲攻撃する様子を描くが、ナレーションは日本軍が不利だとする。中国の旅順要塞もちゃちなセットでこの部分の戦闘描写はおかしい。

秋山真之の戦闘と被害:秋山真之乗艦の砲艦による中国陸上砲台への攻撃、主眼はむしろ日本側の被害にあり、真之の部下の死、中国砲弾による艦上の惨状描写にある。真之は戦争の残酷な様相にショックを受け軍人として自信を失うが、後に東郷に諭されそんな経験があっても敵の攻撃作戦を立案できる人物となり、その人間的成長が主題だ。これは厳しい訓練にめげた主人公がやがて成長し一人前の戦闘機乗りになるなど、優秀な兵士の成長を描き少年を国に奉ずる兵士に誘った1930年代太平洋戦争時の日本の国策映画とまったく同じ軍国主義的描写である。

正岡子規の従軍記者体験:子規は新聞記者として日本軍の勝利後に中国入りし、日本軍の略奪に抗議し怒る中国人老人を目撃する。しかし曹長森本レオ)は子規の疑問を正面から圧殺し、日本軍の残虐性や悪どさが描かれている。しかしドラマはこれに続く子規と森鴎外(軍医)との会話シーンで、戦争の残酷さは当時の帝国主義国家全盛の時代では仕方のない事と印象付けるようにナレーションを入れており、子規に代表される当時の日本人の戦争への無理解と熱狂的的戦争支持を自然な事・仕方のない事としている。


主役:
東郷平八郎(渡哲也):海軍巡洋「浪花」艦長。国際法に反し英国商船を攻撃沈没させ乗っていた中国兵も見殺しにする。ドラマは後の日露戦争の英雄と賞賛する。
小村寿太郎竹中直人):清国臨時代理公使。招待もされていないのに外交パーティーに参加し袁世凱を侮辱する。ドラマは小村を下品な人間と描くが否定的ではない。
秋山好古阿部寛)陸軍騎馬隊大隊長。旅順攻略戦に参加。中国酒を好み日本側被害の多い戦場でも平然としており、退却時には危険なしんがりを行う。勇敢で豪胆な古武士。だがナレーションはそれは自らの性格ではなく教育で身に着けたものとするが映像ではまったくそう見えない。戦闘場面もあわせちぐはぐなドラマ描写。
秋山真之本木雅弘):中国陸上砲台への攻撃で乗艦に大きな被害を受け指揮官として自信を失う。
正岡子規香川照之)俳句担当の新聞記者なのに戦争に興奮し、従軍記者になれたことに狂喜する。戦争批判の視点は全くないが戦場で日本軍に恨みをのべる中国人を目撃し疑問をもつ。
日本軍曹長森本レオ):中国老人から食料を略奪する日本軍曹長。こういう残酷なのが戦争であり記者はそれを書いてはならないと正面から子規に言う。悪役の日本兵
森林太郎森鴎外(榎本孝明)軍医。戦場で子規と会う。