zames_makiのブログ

はてなダイアリーより移行

田母神の言う「軍事力が外交の背景だ」はどこまで本当か?

 田母神元空幕長はアジア太平洋戦争での日本の侵略を否定した歴史を知らない、歴史事実を無視する愚か者だ。しかし田母神の言う「軍事力が外交の背景だ」はある程度うなづく人もいるかもしれない、一般に強い軍隊があれば外交でも優位に立てると漠然と思っている人も多いだろう。しかし果たしてそれは本当だろうか?

 この疑問に対し放送大学番組「国際政治('07)」第4回放送「権力と国益」(講師:藤原帰一 東京大学教授)で、上記がほぼ直接的に説明されているのでここに記す。この放送は誰でも無料で視聴できるものであり年間4回程度繰り返し放送されている。元番組を見たい方は放送大学HPで放送スケジュールを確認してほしい。


国際政治の目的は権力の獲得・行使

国際政治は国家間の権力闘争であり、ある国が他国に影響を及ぼす力が権力であり、ある国が他国に影響を及ぼす行為が権力の行使と言える。

 権力=ある国が他国に影響を及ぼす力

ここで権力とは、ある国が他国に影響を及ぼす力であり、それで自国の利益になる何かを実現する力だと言える。権力=相手国に何かをさせない/何かをさせること、である。国際政治とは権力闘争を行い、権力を獲得し・行使して、自国の国益を得る事と言える。

 →その主な手段が戦争であると考えられてきた。それは本当か?権力とはどういうものか?


国際政治での権力は範囲が定まっていないのが問題になる

考察のための例:学校の先生、国内政治を司る政治家は権力を持っている。しかし権力と一般に言わないなぜか?それは範囲が定まっているからだ。学校の先生:生徒に対する教育上の指導・命令は権力だ、しかしそれをはみ出す事はできない、教育とかかわりのないところで教師が命令を出したら不当として拒否される。政治家:政治家は国民の様々な利益のために制度を変え命令する。それは権力だ。しかし、政治家が法で定まっていない命令を行えば、たちまち非難され、拒否される。


 →即ち、国内政治では権力の範囲は定まっているので不当か否かの問題はおきない。これが国際関係ではなりたたない。ある国が他国に影響を及ぼす行為の、どこまでが正当かは定まっていないからだ。このため常にどれほど大きな影響を相手に及ぼせるかをせめぎ合う事となる。常に戦争という手段を使う事を担保しながら、相手に影響を及ぼす事を行う。


権力の構成要素(他国に影響を及ぼす力は軍事力だけなのか?)

 権力は2つの要素に分けて考えられる
  1.影響力:相手の行動を左右するもの→最下段で説明
  2.権力構成要素:=Capability。影響力を与える要因→これは何か?下記で説明

  <権力構成要素の分類>
 1地理:領土の大きさ、戦略的位置
 2人口:戦力としての人口
 3天然資源:戦争遂行のための自給能力
 4経済力:経済の規模・自給と持久・工業力
 5技術力:技術革新・兵器の性能・生産技術
 6軍事力:規模・予算・破壊力・精密度

古典的には1〜5が6(軍事力)に翻訳される大きさに注目して権力構成要素と認識されてきた

権力の構成要素の各々の説明(軍事力との関係で)

1.地理:ソ連のように広い領土は戦争で有利だ。その戦略的位置は軍事的に重要で、海に近いイギリスは海軍力を大事に、ドイツは陸軍を大事にする→これらは古典的に地政学geopoliticsとして議論されてきた。
2.人口:戦争を戦うとは軍隊が強いこと=たくさん兵隊がいることだから人口が多いことが軍事力に寄与する。例:第2次世界大戦では日本は自国の人口の多さを有利な要素と認識していた。中国は人口を軍事的優位に転換しようという考え方がある。
3.天然資源:軍事力には天然資源の自給が大事だとされる、なぜなら戦争勃発で貿易が難しくなり自国領土内で自給することが求められるから。技術発展でどんな資源が必要かも変化する、石炭から石油へ。天然資源を獲得するため、戦争遂行上でどんな地域を支配するかに関わってくる大事な要素と言われる。
4.経済力:戦争遂行能力=経済力の強さとも言える、長期化では特に大事。規模だけでなくどれだけ自給(国内経済で賄う)できるかも大事。
5.技術力:現代の軍事力ではどれだけ優れた兵器を生産できるかが大事だ。例:戦車、どれだけの強力な大砲をもてるか、射程距離の短い戦車は壊滅的な打撃を受けてしまう。生産技術も大事、短期間で作れるか、少ない資源でできるか。又技術力は兵器に限らず工業製品全般に言える。
6.軍事力:軍事力は兵隊の多さなど単に規模が大きいだけでは軍事力は高いと言えない。破壊力を高め、相手の軍隊を確実に破壊できる精密さが要求される。


 →こうした観点から古典的には結局軍事力が権力構成要素であると言われてきた。軍事力=権力(他国に影響を及ぼす力)と認識されてきた。


古典的な考え方の再検討1(各要素の検討:結局軍事力だというのはおかしい)

 しかし実際には個々の権力構成要素は古典的に言われてきたように軍事力を高めるとは限らない、又、軍事力を上げると思われた同じ要素が軍事力を下げる時もある。又、権力構成要素はそれぞれ別の特性を持ち相反する。それは全て同時には軍事力に翻訳できない。
 →古典的な軍事力への集約、軍事力重視は怪しい。

 <権力構成要素の再検討>
1.地理:領土の大きさは逆に広大な領土を守るための過大な軍事支出を必要として負担になる。例:冷戦崩壊時のソ連はその負担に耐えられず体制としていかなくなった。
2.人口:人口の多いのは国の負担になる。国民の安全と福祉のために財政支出を強いられる、軍事的に人口の多さだけを求めると国の経済的に必ずしも有利ではない。
3.天然資源:国内の大きな資源の存在はその輸出に頼る経済構造になり、効率の悪い経済を構成する。その結果戦争遂行上不利になる。
4.経済力:国家の発展過程では経済規模と経済自給能力(国内で賄う傾向)は多くは相反しがちだ。高い自給力は貿易を低下させ経済発展にはマイナスだ。
5.技術力:兵器の性能を上げる技術力と市場によい製品を作り出す技術力とは同じではない。例:ソ連。優れた兵器を作れても安いコストで効率的に製品を作ることは出来なかった。
6.軍事力:規模の大きい軍隊を持つ国はその負担が大きく、軍隊の維持以外が難しくなる。経済力など国力を増進するのを難しくする。

 →結論:それぞれの権力構成要素には独自の特徴があり→単純に軍事力に翻訳できない

古典的な考え方の再検討2(リアリズム批判から、軍事力のみとは言えない)

上記の批判は同時に安全保障を論じる際の「リアリズム(現実主義)とリベラリズム」の対立とも言える

リアリズム⇔ リベラリズム(リアリズム批判)
  権力の一元性⇔権力の多元性
  権力の集約性⇔権力のトレードオフ

(権力は軍事力に一元化して考えられるのか?)
リアリズムでは権力は一元的と見る:様々な要素は全て軍事力に集約できる。国益増進とは軍隊強化だの考え方。→リベラリズムの見方:権力は多元的構成を取っている。軍隊が強くても相手を支配できない。

例:1980年代の日米貿易摩擦アメリカは強い反発をしたが、軍事力には圧倒的に劣位な日本を自由にできなかった。アメリカは横田基地から首相官邸を攻撃できる軍事力に圧倒的優位。これは軍事的優位が貿易面での優位に直結しないからだ。日本が強い通貨をもっており相対的に強い立場に立てたから摩擦は解消しなかった。逆に強い経済力を持っていれば、軍事的優位に立てる訳ではない。

例:(天然資源の強い優位)1970年代の石油ショック。中東諸国は天然資源で強い優位。しかし力の優位は続かなかった、石油を売らねばならず資源を持っているだけでは権力を持っているとはいえない。

 →結論:権力の構成要素は、多元的である


(権力は同時に軍事力に集約され得るのか?)
リアリズムでは権力は集約的と見る:様々な要素は同時に全て軍隊に集約できる。→リベラリズムの見方:権力はトレードオフの関係だ。あっちを立てればこっちが立たない。ある要素を重視すれば他の要素は成長させることが難しい現象。

例:冷戦期のソ連。膨大な資源を軍事力に投入、集中的に技術開発し原子力潜水艦開発、ミサイル開発。強大な軍事力を持った。しかしその結果軍事支出に膨大な予算を割いたので国内の製品開発できず。生産はできるが国際競争力のある製品は一つも生み出せなかった。又、資源の自給力よりも、加工できる工業力の方が経済力ではるかに大事。資源の自給を大事にすれば経済効率は下がる。確かに軍隊は強くなった、しかし対外的影響力は高まったといは言い得ない。

 →結論:権力の構成要素はトレードオフの関係にある。ある要素を重視すれば他方は成長しない


影響力からの検討(相手国に影響を及ぼす方法から見える事)

影響力=相手国の行動を左右するもの。国際政治で権力行使を行い、相手国にどうやって影響を及ぼすかの分類からの検討。

 <影響力の類型>
  1.強制(軍事力の要素大)←戦争
  2.脅迫(軍事力の要素大)←誤って戦争のおきる危険性
  3.取引(軍事力の要素小)←脅迫との使い分けの必要
  4.協力(軍事力の要素小)←通常の方法

(説明と検討)
1.強制:相手を責め滅ぼすこと、戦争そのもの。最終的に国益を得るには相手を占領し統治する必要がある。そのコストは大きい。
2.脅迫:侵攻をほのめかして相手を脅して何かをやらせる/させない方法。誤って戦争を誘発する可能性がある。そこでは戦争に突入することは本来の目的外であり不利益だ。
3.取引:相手と交渉し便益と与える代わりに譲歩を引き出す。例:双方に勢力圏の設定、共に有利な条件の設定など。常に脅迫との使い分けの必要が迫られる。戦争誘発の可能性あり、戦争が起きたら損だ。
4.協力:交渉により相互の協調を行うもの。譲歩をしても最終的には自国の繁栄につながる。国際関係の主な場面で行われていること。(軍隊の要素は小)


 →影響力の観点で分析すると権力は軍事力だけではない。リアリズムで権力を軍事力に偏って考えるのはおかしい。多くは軍事力では解き明かせない、国際関係の権力は主に経済力による協力で行われている。

結論:他国に影響を及ぼす力は軍事力だけではない

上記から結論として、権力=ある国が他国に影響を及ぼす力は、従来軍事力だけを重視しがちだったが、他の要素も同じように重要だし。むしろ軍事力よりも他のものが重要な場合も多い。影響力の観点からは軍事力は重視される機会は非常に限られているのがわかり、国際政治で軍事力だけを重視すべきではない。



(参考)藤原帰一教授(東大、国際政治)著書には以下のようなものがある
・国際政治(放送大学大学院教材) / 藤原帰一. 2007
・平和政策 / 大芝亮,藤原帰一,山田哲也. -- 有斐閣, 2006
・平和のリアリズム / 藤原帰一. -- 岩波書店, 2004