zames_makiのブログ

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私は貝になりたい(2008)日本軍戦争犯罪の免罪

初公開年月 2008/11/22 配給:東宝
監督:福澤克雄 プロデューサー:東信弘・和田倉和利 原作:加藤哲太郎 脚本:橋本忍 音楽:久石譲
出演: 中居正広 仲間由紀恵 柴本幸 西村雅彦 平田満
オフィシャル・サイト http://www.watashi-kai.jp/

映画評(毎日新聞 2008年11月21日)

私は貝になりたい」 夫婦が置かれた過酷な運命、色濃く

フランキー堺主演の「私は貝になりたい」は58年に制作され、日本中に感動を与えたテレビドラマだ。その翌年には映画化もされ、その際には、ドラマの脚本を執筆した橋本忍氏自らがメガホンをとった。橋本氏は、脚本家デビュー作「羅生門」をはじめ、「生きる」や「七人の侍」など数々の黒澤明監督の作品に脚本でかかわってきた。

 この作品は、戦争に巻き込まれた夫婦の悲劇を描いている。中居正広ふんする理髪師の清水豊松は、終戦となり、訓練先から家族の元に戻ってくる。店も徐々に持ち直し、慎ましくも幸せな生活を送れると思っていた矢先、今度は戦犯容疑者として逮捕されてしまう。自分は上官の命令に従っただけで無罪だと訴えても、その声は米国人判事の耳には届かない。そしてついに極刑判決が言い渡されてしまう……。

 かつて世間の評判とは裏腹に、黒澤監督やライター仲間から芳しい評価を得られず、「何が足りないのか分からなかった」と打ち明ける橋本氏が、50年の歳月をかけて脚本を完成させた。その間、体調を崩し、何も書けなくなった時期があったそうだ。

 その50年の中で、橋本氏はこれまでの脚本では、重松だけに焦点が当たっていたために線が細かったことに気づき、この“改訂版”では重松だけでなく、妻・房江や子供たち、さらにともに戦争で戦った兵士たちとの関係を描くことで、重松の悲劇性を浮き立たせるようにしたのだという。

 なるほど、前半は重松と房江、子供たちについて語り、中盤は重松に焦点を、終盤には妻・房江に焦点が当てられている。そうすることで作品に厚みが生まれ、重松と房江という夫婦が置かれた過酷な状況が、より色濃く浮かび上がる。

 中でも印象深いのは、仲間由紀恵ふんする房江が、はるばる高知から東京の巣鴨刑務所を訪れる場面だ。駅からのびる道は人々でごった返し、復興の兆しと人間の息吹が感じられる。その道から外れた先に、重松が収監されている刑務所がある。人波に逆らって房江を歩かせることで、彼女の孤独感が痛烈に伝わってくる。

 豊松役の中居の演技も、悲劇性を打ち出すのに一役買っている。それまでの無邪気な顔が突然、苦悩でゆがむことが数回ある。最後の手紙をしたためる場面では、鬼気迫る演技も見せる。それらを見て、もしかしたら演技過剰と受け取る人もいるかもしれない。しかし、豊松の苦悩は確実に伝わるはずだ。

 告白すると、私はオリジナル版を見ていない。今回の作品と比べるべきだとも考えたが、雑念が入ることを懸念して、あえてそうしなかった。むしろそれがよかった。純粋にこの映画に向き合うことができたからだ。

 福澤克雄監督は、これが映画初監督作。これまで「華麗なる一族」や「GOOD LUCK!!」「白い影」といったテレビドラマを手掛けてきた。彼の持ち味であるダイナミックな映像表現は、何度も映る海の広大な風景の中に見ることができ、それも、あの時代の庶民のちっぽけさを表現する上で、かなりの効果がある。(文・りんたいこ)