zames_makiのブログ

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渡辺文樹監督の映画「天皇伝説」「ノモンハン」の上映妨害について

今、表現の自由への恐ろしい圧殺が行われつつある、天皇制を批判し、昭和天皇万世一系伝説を正面から否定する渡辺文樹監督の映画「天皇伝説」への上映妨害である。


今年すでに映画「靖国」の上映妨害が行われ世間で話題になったが、今度は些細な別件事件で監督を4回逮捕するという、国家による露骨な言論圧殺行為がより顕著だ。同時に自治体への会場使用許可の取り消しが「指導」されていると推測されるのも問題だ。これからどうなるのかまだ判らないが「天皇制はタブー」などと知ったかぶりをせず(下記参照)、映画「靖国」と同様に社会全体からの注視と公権力への批判が必要だと思う。

戦後最初の映画作家vs国家の「本格的な戦い」

この映画が天皇制を扱っているから「それは伝統的なタブーだから仕方がない」と言うべきではない。なぜなら過去にこのような映画は存在せず、戦後初めての天皇制をめぐる映画作家vs国家の、本格的な戦いだと思われるからだ。


天皇制を扱った映画のリストは「映画『太陽』オフィシャルブック」太田出版, 2006年の中で、門間貴志氏が詳細なリスト&紹介を書いている。リストをみればわかるが、日本の映画界は天皇自体を映画に取り上げる事をほとんどしてこなかった。映画に出ても画面に出ずに声だけの場合が多く、ましてや批判的に扱うことはまったくと言ってよいほどなかった。
 私の確認した範囲では過去最も厳しい天皇制批判映画は川島雄三の「グラマ島の誘惑」であろう、そこでは喜劇の形式で天皇とその周辺が、戦争中どうやって国民を犠牲にして自分たちだけいい目にあったのかというように批判されていた。渡辺文樹監督の「天皇伝説」はシリアスな劇映画でなおかつ正面から天皇制自体への異議を扱っており、内容もはるかに厳しいものだ、こうした点から戦後最初の本格的な天皇制批判映画と言えると思われる。


これほど厳しい天皇制批判映画が作れた理由は、渡辺文樹監督の独特の制作体制にある。映画は完全に自主制作・自主上映だからだ。そこには「制作しても客が来ないからだめ」「制作しても上映できないからだめ」という資本の論理は通用しない。渡辺氏はそのため厳しい制作事情という枷をはめられたわけだが、彼の大胆な演出方針・演出方法がそれを克服しているらしい。是非見てみたいものだ。

戦後最大の天皇制批判映画

この映画がなぜ最大の天皇制批判映画といえるかは、その主題が天皇の継承性の問題に触れているからだ。即ち、映画は昭和天皇がその父であるはずの大正天皇の子ではないという重大事を示唆していると推測される。しかしこの重大さは天皇制を知らない普通人にはわかり難い。普通の人はこれがたとえ本当でも、せいぜいゴシップ的な関心しか持たないだろう。

しかし天皇制が何かを知ればこれは非常に重大な批判だ。戦前の日本は日本国の定義(国体と呼ばれる)を「万世一系の絶対的存在である天皇が治める国」としていた。天皇は日本国を作った神の子孫であり、日本国ができたときから至高の存在として代々続いており、そうした長い伝統があるから正しい存在だ、古くからの日本のよい部分を継承しているから正しい、だから日本国を代表する存在であるという考え方が基盤になっている。


こうした天皇の伝統性を一言で表す言葉が「万世一系」であり、天皇は代々血がつながっている事がその正統性・至高性の根拠になっているのである。しかもこうした事は、戦前の古い考え方ではない。「新しい歴史教科書」を書いた西尾幹二らが今の天皇制について主張している事はまさにこれだからだ、いわく今も本来的には日本は天皇主権国家なのであり、天皇は長い日本のよき伝統を象徴する至高の存在として大事にすべきなのだと...。


西尾幹二らの言っている事は普通の私たちには馬鹿馬鹿しい。しかしそうしたものが麻生太郎や福田康男が所属する日本最大の右翼団体日本会議の基本的な考え方であれば、これが警察の渡辺監督への不当な弾圧の最大の動機であることは間違いないと思う。

映画「天皇伝説」上映妨害の経緯

2008年9月までの上映妨害の経緯をネットでわかる範囲でまとめた。最大の問題は、上映を計画した監督を3回連続して別件逮捕し、2ヶ月間も拘留した事だろう。そして自治体の上映「拒否」だろう。

  1. 2008年春まで 渡辺監督が映画「天皇伝説」「ノモンハン」を制作
  2. 2008年春ころ 渡辺監督 横浜、東京、福島での上映を計画(施設に使用申請を出し許可されたものと思われる)
  3. 2007年ないし以前より右翼の妨害行為 例:神奈川県の右翼団体「楠心塾」が妨害活動 5/28〜6/1→http://homepage3.nifty.com/nansinjuku/h19_katudou_gaiyou.html
  4. 2008/5/14 宮城県警が渡辺監督を詐欺罪で逮捕→http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080514/crm0805142023036-n1.htm 2008年1月の宮城県東松島市への渡辺一家の宿泊代の未払いを詐欺として逮捕。旅館側は渡辺氏の名前・住所も判っているのに警察に催促されて告訴させられたと思われる。宿代は逮捕直後に支払ったにも関わらず、23日間(満期)の拘留が行われた。
  5. 2008/5/21? 5/26に計画していた横浜での「天皇伝説」の初上映が中止になる(横浜・神奈川県民ホール)監督が拘留中のため?
  6. 6/4 処分保留で釈放、即時に再逮捕 同じ宮城県警が別件の宿泊代(2007年の名古屋の宿)で、5/30に被害届が出たものを5日後に逮捕する!→http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080604/crm0806042205046-n1.htm
  7. 6/25 処分保留で釈放、即座に再逮捕(3回目)宮城県警が別件の宿泊代(2007年の二本松市の宿)で。宿泊代の未払いを詐欺とみなす連続して3回目の逮捕、前の2件の宿代は6/25逮捕時点で支払われている。今回も被害届けは1回目の逮捕の後出たもので、宿側が警察に出すように言われたものなのか?→http://www.sponichi.co.jp/society/flash/KFullFlash20080625102.html
  8. 7/? 7/30の豊島区公会堂の使用申請が豊島区により拒否される。使用申し込みはかなり以前に出されたもので受理されていたもの。→YouTubeビデオ「渡辺文樹監督に希望と栄光あれ」http://jp.youtube.com/watch?v=7Yr7XsOf7pQによる
  9. 8/5 仙台での上映計画中止(詳細不明)
  10. 8/7 雑誌月刊「創」9・10月号(8/7発売)で逮捕は公然とした上映妨害との記事が出る→http://www.tsukuru.co.jp/gekkan/
  11. 8/27 「天皇伝説」初めての上映(福島にて8/27)。上映の様子→http://garth.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_d94a.html
  12. 9/10 週刊新潮2008年9月18日号(09/10発売)で『天皇家のタブーに挑んだ超過激映画「天皇伝説」』として激しく批判した記事が出る。週刊新潮は映画「靖国」上映阻止運動の火付け役として有名だ。
  13. 9/11早朝 渡辺監督が尾行していた東京都の警察(公安部)により逮捕される、容疑は「ポスターはり」という馬鹿げたもの→http://www.jiji.com/jc/zc?k=200809/2008091100335
  14. 9/11同日 渋谷区から上映拒否の通告(9/17の代々木八幡での上映予定について)→http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/20080917
  15. 9/12? 渡辺監督、釈放される
  16. 9/15 一連の経緯が東京新聞コラムで書かれる「異端の表現者再び標的、「天皇伝説」上映中止相次ぐ」(雑誌「創」篠田博之氏)→http://www.tsukuru.co.jp/shukanshi_blog/2008/09/post-107.html

(参考にしたブログ)

かめよーん氏:http://mkimpo.blog.shinobi.jp/
4310氏:http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/
真魚八重子氏(渡辺監督・絶賛):http://d.hatena.ne.jp/anutpanna/
松江哲明氏(渡辺監督・絶賛):http://d.hatena.ne.jp/matsue/
デメリン氏(過去の上映模様):http://demerin.com/mt/archives/2007/04/post_156.html
蒸気駆動の少年氏(上映記録)http://garth.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_d94a.html
kanose氏(ポスター画像):http://d.hatena.ne.jp/kanose/20080509/watanabe
ねこぞお氏(ポスター画像):http://blog.kansai.com/D41/1207
猫蔵の見世物氏(ポスター画像):http://blogs.yahoo.co.jp/takyapon01/42600987.html
2ch映画一般スレッド(渡辺文樹監督):http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/cinema/1209633350/l50
mixi渡辺コミュニティ:未見

参照した新聞記事などの全文

●映画監督が宿泊代踏み倒し 詐欺で逮捕 
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080514/crm0805142023036-n1.htm
産経新聞 2008.5.14 20:23
 宮城県警石巻署は14日、旅館の宿泊代を踏み倒したとして詐欺の疑いで、福島市本内中河原、映画監督、渡辺文樹容疑者(55)を逮捕した。「金は払ったはず」と容疑を否認しているという。渡辺容疑者は平成2年、「島国根性」で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。天皇制を題材に、物議を醸した自主制作映画「腹腹時計」などでも知られる。調べによると、渡辺容疑者は1月下旬、宮城県東松島市の旅館に女性と子ども1人を連れて宿泊し、宿泊代計7万数千円を支払わなかった疑い。渡辺容疑者ら3人は3泊する予定で、3日目の夜9時すぎに外出した。後に「友人の家に泊まる」と旅館に電話、不審を感じた従業員が部屋を調べると荷物がなくなっていたという。渡辺容疑者は本名で宿泊し、自宅の電話番号も伝えていたという。


●全国放浪の旅? 無銭宿泊で映画監督再逮捕 
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080604/crm0806042205046-n1.htm
産経新聞 2008.6.4 22:05
 宮城県警石巻署は4日、名古屋市で無銭宿泊したとして、詐欺の疑いで、福島県二本松市太田海方作、映画監督、渡辺文樹容疑者(55)を再逮捕した。捜査関係者は「全国から宿泊代踏み倒しなど同様の情報が寄せられている」としており、余罪の有無を調べる。調べでは、渡辺容疑者は平成18年5月7日から19日にかけ、名古屋市中区の宿泊施設に女性と子供1人を連れて宿泊、宿泊代金や飲食代など計約21万数千円を支払わなかった疑い。「払うつもりだった」と容疑を否認しているという。請求書を送るようにホテル側に伝えたまま、連絡が取れなくなったという。逮捕を知った施設側が5月30日に被害届を提出した。渡辺容疑者は5月14日、宮城県東松島市の宿泊施設に無銭宿泊したとして、詐欺の疑いで逮捕され、処分保留で4日釈放された後、再逮捕された。


●俳優らの宿泊代支払わず 映画監督3度目逮捕
http://www.sponichi.co.jp/society/flash/KFullFlash20080625102.html
スポニチ 2008年06月25日
 映画撮影のため滞在した俳優やスタッフらの宿泊代、延べ約400人分を支払わなかったとして、宮城県警石巻署は25日、詐欺の疑いで、福島県二本松市、映画監督渡辺文樹容疑者(55)を再逮捕した。「だましていない」と否認しているという。調べでは、渡辺容疑者は昨年9月13日から10月8日にかけ、映画撮影のため、二本松市の旅館に俳優やスタッフなど延べ400人以上を宿泊させ、代金計約260万円を支払わなかった疑い。渡辺容疑者は、宮城県東松島市名古屋市の宿泊施設で代金を支払わなかったとして、今年5月と今月4日に詐欺容疑で逮捕されたが、いずれも処分保留で釈放。今回で3回目の逮捕となった。東松島市名古屋市での宿泊代は25日までに支払ったという。渡辺容疑者は「島国根性」で1990年度の日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。天皇制を題材に、物議を醸した自主製作映画「腹腹時計」などでも知られる。渡辺容疑者の逮捕を知った二本松市の旅館側が被害届を提出していた。


●『創』08年9・10月号 8月7日発売!!
http://www.tsukuru.co.jp/gekkan/
◇3度にわたる逮捕後、釈放された監督にインタビュー
 映画「天皇伝説」をめぐる右翼、公安警察との攻防戦 渡辺文樹


天皇家批判映画ポスターで逮捕=監督の渡辺文樹容疑者−軽犯罪法違反・警視庁
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008091100335
時事通信? 2008/09/11
 天皇家を批判する内容の映画宣伝ポスターを張ったとして、警視庁は11日、 軽犯罪法違反の現行犯で、映画監督の渡辺文樹容疑者(55)を逮捕した。 監督は容疑を否認している。 調べによると、同容疑者は同日午前4時10分ごろ、東京都江東区内の街路灯などに、「現天皇は、昭和天皇の子供ではない」などの内容の映画ポスター数枚を 無断で張った。


●異端の表現者 再び標的〜「天皇伝説」上映中止相次ぐ
http://www.tsukuru.co.jp/shukanshi_blog/2008/09/post-107.html
東京新聞 2008年9月15日 コラム「週刊誌を読む」(篠田博之
 十一日朝、携帯電話の電源を入れると、渡辺文樹監督の妻から留守電が入っていた。早朝四時すぎに監督が逮捕されたという。嫌な予感はあった。連休でその週は十日水曜日に発売された『週刊新潮』9月18日号が「天皇家のタブーに挑んだ超過激映画『天皇伝説』」と題して、渡辺監督を大々的に取り上げていたからだ。
 十七日から代々木八幡区民会館で公開予定の渡辺監督の「天皇伝説」は、天皇批判の超過激映画との内容だ。「右翼が怖いといっても、あいつらは別に何もしませんよ」という監督の挑発的コメントも載っていた。発売直後から右翼や公安が大きな関心を抱いたことは間違いなかった。そして翌朝、監督は映画のポスターをはっているところを、尾行していた公安警察に逮捕された。ポスターを許可なく掲出したという軽犯罪法違反容疑だった。追い打ちをかけるように同日、手続き不備を理由に上映会場の使用を取り消す通告が渋谷区から届いた。監督は十二日に釈放されたが、結局映画は上映中止になった。
 『週刊新潮』が煽り、映画公開が中止に至った例としては、この春の映画「靖国」をめぐる騒動が記憶に新しい。このときは大きな社会的議論がわき起こり、映画はその後公開された。しかし、今回はテーマが天皇タブーだし、ことはそう簡単ではない。渡辺監督は、天皇暗殺をテーマにした以前の作品「腹腹時計」でも右翼の激しい攻撃を受け、各地の上映会場で騒動になった。会場使用を取り消そうとする自治体には裁判所に仮処分を申請し対抗。上映当日は右翼の街宣車が押しかけ、公安が警備にあたる物々しい雰囲気の中で、監督自ら映写機を回した。渡辺監督は、映写機を車に積み、妻と娘の家族全員で全国を行脚する独特の自主上映を続けてきた。逮捕も今回が初めてではない。
 「靖国」の上映中止は、右翼がたいした攻撃もしていないのに、おびえた映画館が自己規制した結果だ。そこまで「表現の自由」が脆弱になった日本社会で、渡辺監督のような異端の表現者を許容する風土は既に存在しないのだろうか。「天皇伝説」は上映中止が相次ぎ、首都圏では上映のめどがたっていない。


●「天皇伝説」渡辺文樹監督逮捕事件の真相
http://www.tsukuru.co.jp/tsukuru_blog/2008/09/post-59.html
月刊「創」ブログ 2008年9月15日

9月11日、渡辺文樹監督が都内で逮捕されたことはニュースで報じられ、ネットでも話題になっているが、この種の公安事件は大手マスコミの報道を見ただけではほとんど真相がわからない。

 天皇タブーがらみというこういう話を詳しく報じられるのは、いまや『創』くらいになってしまった。次号11月号(10月7日発売)で詳しく報じるが、ここで現時点でわかっていることがらだけでも書いておこう。

 今回の逮捕も新聞はベタ記事だが、前回、5月の逮捕と比べて違ったのは、渡辺監督が天皇制批判の映画を作り、それがこの逮捕と関わっていることが報じられたことだ。テレビで逮捕を比較的大きく報道したTBSが放送前に『創』に取材をかけていることからもわかるように、発売中の月刊『創』9・10月号が渡辺監督のロングインタビューを掲載していたのが影響したのは確かだろう。前回の逮捕では新聞は警察発表だけを報じたため、渡辺監督は単なる詐欺犯にされてしまった。今回も逮捕容疑はポスターを無断で掲示した軽犯罪法違反だが、それだけを報じても真相は全くわからない。実際、11日早朝4時過ぎに監督は妻と一緒のところを公安2課の刑事に逮捕されたのだが、こんな時間にたまたま公安が街を歩いているわけはなく、前日から監督は「行動確認」つまり公安の尾行を受けていたのだった。
 公安がどうして彼をマークしたかというと、10日発売の『週刊新潮』が「天皇家のタブーに挑んだ超過激映画『天皇伝説』」という記事を掲載。新聞や車内吊りで大々的に扱われていたからだ。記事には9月17日から監督が代々木八幡区民会館で上映を予定している「天皇伝説」がとんでもない天皇タブーに挑んだ映画であると説明されており、「右翼が怖いと言っても、あいつらは別に何もしてきませんよ」という監督の挑戦的なコメントも紹介されていた。つまり、これで何もしなかったら右翼の面子がつぶれるという扇動的な記事だった。これが右翼を刺激することは間違いなく、公安が大きな関心を持ったのは当然だった。

 というのも渡辺監督は、以前の作品「腹腹時計」でも天皇暗殺をテーマにし、上映した各地の会場で右翼が押しかける騒ぎになっていたからだ。街宣車で抗議する右翼と、会場前で警備にあたる制服・私服の刑事とで、会場付近は物々しい雰囲気。場内の観客よりも外の右翼と公安の人数の方が多い、と冗談まじりに語られていた。今回の新作は『週刊新潮』の記事によると秋篠宮美智子皇后の本当の子ではない、などとする内容とかで、これまで以上の騒ぎになることは間違いないものだった。現に、既に5月の神奈川県民ホールや7月末の豊島公会堂などでの上映が次々と中止になり、仙台を始め各地の上映はほぼ全て中止になっていた。 

 最初に上映を予定したのは5月26日の神奈川県民ホールだったが、公開目前の5月14日、監督は突然逮捕された。1月に宿泊した宿屋への代金約7万円が払われていなかったという詐欺容疑だったが、これで突然逮捕というのはどう考えても異様で、警察が宿屋に被害届を出させて監督を拘束したのは間違いないだろう。しかも監督は逮捕直後に全額を返済したのだが保釈は認められず、23日間の満期勾留となった。結局起訴はされなかったのだが、勾留期限が切れたその日に別件で再逮捕。それが2回も繰り返され2カ月以上も石巻署に勾留されたのだった。普通はありえないことである。神奈川県民ホールでの上映は当然中止になった。今回も逮捕当日の9月11日に渋谷区は会場使用不許可の通達を出し、上映が中止になるという同じ展開だった。

 これまでも映画会場をめぐる騒動が起こるたびに、使用不許可決定には即座に裁判所に仮処分を申請するなどして抵抗してきた渡辺監督だが、騒ぎが大きくなる前に公安が予防拘束してしまったのが今回の2つの逮捕事件だ。あのまま上映されていれば17日は大変な騒ぎになることは間違いなく、流血の事態を避けるためには警備も大変だったと思われる。過去にも監督の上映会にはナイフを持った右翼が客席に入ろうとしたところを逮捕されるなど、一触即発の事態があった。

 渡辺監督の映画は、通常の配給ルートでは誰も扱わないため、監督自ら映写機を車に積んで娘と妻の家族全員で全国を行脚するという方法で自主上映が行われてきた。制作費もかけられないため、出演者はほとんどが素人、主役は監督自身で、上映の際に映写機を回すのは監督自身、切符のもぎりは妻が務めるという独特のスタイルだった。天皇タブーに踏み込んだ2作はフィクションだが、以前はドキュメンタリーも制作し、賞を受賞したこともある。文字通り体を張って表現活動を行う異端の表現者といってよい。これまで逮捕された経験も数え切れないほどだ。

 今回と同じように『週刊新潮』の報道がきっかけで映画上映が中止になった例としてはこの春の映画「靖国」があるが、あれは右翼がたいした攻撃もしかけていないのに、見えない影におびえた映画館が自己規制して上映中止の連鎖が広がったケースだった(詳細は創出版刊『映画「靖国」上映中止をめぐる大議論』参照)。幸い、マスコミが大きな議論を作ったために映画はその後公開されたが、今回は天皇タブーというはるかに難しいテーマだし、マスコミも大きく取り上げることはないと思う。右翼が攻撃する前から映画館がおびえて上映中止にしてしまうほど、今の日本社会はマスコミを含めて言論・表現が脆弱(ぜいじゃく)になっているのだが、そのなかにあって渡辺監督は異端の存在。ここまで行くとマスコミ的にはほとんど奇人変人の扱いだが、今の日本の情けない言論・表現の状況を照射しているという意味では、その行動は貴重である。
 渡辺監督については、創出版刊『言論の覚悟』(鈴木邦男著)を見てほしい。新右翼の鈴木さんと渡辺監督が対談を行っているのだが、言論に体を張るのは当然だという点で両者の考えは一致している。渡辺監督は別に左翼ということではない。タブーに挑戦し、自分の表現活動には体を張るのが当然という信念の持ち主だ。

 なおこの逮捕事件については、15日付の東京新聞「週刊誌を読む」で取り上げた(中国新聞北海道新聞も転載)。『週刊金曜日』皇室風刺劇封印事件も、映画「靖国」上映中止事件も、マスコミで一番最初に取り上げたのはこの欄だが、こういう問題にものすごくマスコミの感度が鈍くなっているのも気になるところだ。(篠田博之