zames_makiのブログ

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スカイ・クロラ(2008)アニメ

THE SKY CRAWLERS  121分 日本 初公開年月 2008/08/02
監督:押井守 原作:森博嗣 脚本:伊藤ちひろ(TV青春ドラマの脚本家) 脚本監修:行定勲
音楽:川井憲次 主題歌:絢香『今夜も星に抱かれて…』
声の出演:菊地凛子(服主人公:草薙水素、司令官、大人のような子持ちのキルドレ
加瀬亮(主人公:函南優一、若者のようなキルドレ
谷原章介(土岐野尚文、にぎやかしの友人)
山口愛(草薙瑞季、幼い娘)
...戦争を代行させるためのイベントとして“戦争”が行われている世界を舞台に、思春期の姿のまま戦闘機のパイロットとして永遠に生き続けることを定められた“キルドレ”と呼ばれる者たちの運命を叙情的世界観で綴る。
 現代に似たもう一つの世界。平和を享受する人々は“ショーとしての戦争”を求め、それがビジネスとして成り立つ時代となっていた。そんな中、戦争請負会社のロストック社に所属する戦闘機パイロット、カンナミ・ユーイチはヨーロッパの前線基地、兎離洲(ウリス)に配属される。しかし、彼にはこの基地に赴任する前の記憶がなく、分かっているのは自分が思春期の姿で成長をやめ、空で死なない限り生き続ける宿命にある“キルドレ”であることと、戦闘機の操縦法だけだった。そしてユーイチは、ミステリアスな女性司令官クサナギ・スイトに惹かれていく。彼女もまたキルドレのひとりで、かつてはエース・パイロットだった。一方、彼らの戦況は、“ティーチャー”と呼ばれるラウテルン社のパイロットに翻弄され、日増しに厳しくなっていくのだが…。
http://sky.crawlers.jp/

映画評(読売新聞 2008年8月4日)

若者たちの希望、どこに
  平和は人間にとって理想的な状態のはず。戦争や飢餓におびやかされることなく生きていける。日本でも多くの人がその恩恵を享受している。でも、何でみんな幸福そうではないのだろう。なぜ生きていくのがつらいという若者がたくさんいるのだろう。押井守監督は、アニメーション最新作で、そんな時代の空気を色濃く映し出す。

 舞台は、完璧(かんぺき)に平和な世界。そこでは紛争解決のための戦争は起こらないのだが、「ショーとしての戦争」が行われている。誰かがどこかで戦い、死んでいるという事実が存在しなくなれば、平和の価値が実感できなくなるからだ。

 空中戦のパイロットとして戦闘機に乗るのは、キルドレと呼ばれる子供たち。戦争で死なない限り、思春期の姿のまま永遠に生き続ける運命の彼らにとって、地上での日常は退屈な反復でしかない。生きている実感を得られるのは、死と隣り合わせの戦いに挑む時だけ。手描きの平面的なアニメーションで表現された地上世界に漂うまったりとした空気と、3Dコンピューターグラフィックスで描かれた空の上の世界を戦闘機が自在に舞う様子の対比が、そのことをはっきりと示す。

 物語は、キルドレたち、中でも前線基地の女性司令官・草薙水素(すいと)(声・菊地凛子)と、新任パイロット・函南優一(声・加瀬亮)のラブストーリーを中心に進む。以前は面識がなかったはずのふたり。実際、優一は水素のことを何も知らない。なのに、それぞれのふとしたしぐさや、それに対する反応から、ただならぬ因縁の存在がにおい立つ。

 本作には、今を生きる若者たちに真実の希望を伝えたいという、押井監督の思いがこめられている。56歳の監督は、自分より30歳若い脚本家の伊藤ちひろを起用して、言葉ではなく映像、とりわけ人物がまとうこまやかな気配の表現に挑み、今の若者が抱える気分に迫ろうとした。

 従来の押井作品の膨大にして美しい長ぜりふが封印されているのは、少し寂しい気がするが、かわりに人間の役者でもそうそうできないであろう繊細な演技をアニメーションのキャラクターにやってのけさせた。その表現者としての誠実さ、貪欲(どんよく)さは、すごい。

 さて、優一と水素の終わらない物語を目撃した後、観客には何が残るのか。それは人それぞれだろう。ただ、真実の希望は、きっと細部に宿っている。この映画の中でも、現実の日常の中でも。8月27日開幕のベネチア国際映画祭コンペティション部門出品作にも選ばれている。原作は森博嗣。渋谷東急など。2時間1分。(恩田泰子)