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田母神論文に対する戦争経験テレビキャスタ−の見解(田原総一朗)

要旨:先の戦争は日本の侵略ではないと書いたは田母神論文の、意味は以下であり要注意である

  1. これは自衛隊による言論クーデターであり、日陰者である自衛隊文民統制への反乱の意志表示だ
  2. 田母神氏は自衛隊の組織を通じ歴史修正主義的な趣旨で懸賞論文への参加を呼びかけており、自衛隊という軍隊の日本国家への組織的な反乱意図である
  3. これの意味しているのは日中戦争開始直前の日本の状況と似ていること。すなわち戦争に至る道を我々の社会がなぞっていること。日本国の政治(自民党の支持失墜と無策)経済不安(世界的金融恐慌と不況)があり、それに軍隊(自衛隊)がいら立っているという事だ。+国会委員会での野党質問ではそうしたものへの切り込み方が足りない
  4. 田母神氏の論旨は、かつての左翼論陣と同じく資料からご都合主義的に切り貼りした事実無根の主張である
  5. まらこれへの警戒感が日本社会には欠けている
  6. 自衛隊などの苛立ちの次の矛先はメディアだと推測する


田母神論文」問題の本質は“決起”の危険性
日経BPnet 2008年11月13日
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20081113/112209/?P=1
 11月11日、参議院田母神俊雄航空幕僚長、つまり、元航空自衛隊のトップの参考人招致が行われた。僕は直接国会に行ったわけではないので、議事録を読んだだけなのだが、このやりとりを見て非常に歯がゆい思いがした。与野党が田母神さんの意見を「聞く」という感じで、野党からの田母神さんに対する突っ込みや、それに対して田母神さんが躊躇(ちゅうちょ)し、たじろぐ様子が全くなかったからだ。

「日本は被害者」など持論を展開

 田母神前航空幕僚長は、アパグループの懸賞論文に応募し、それが最高位に選ばれた。最高位に選ばれてホームページに発表され、新聞・テレビの防衛庁担当記者に配布され、問題になった。田母神さんは論文の中で、「あの戦争は侵略戦争ではない。日本は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれたのであり、日本はむしろ被害者なのだ」と主張し、太平洋戦争についても、「アメリカによって罠にかけられた」と持論を展開した。第二次大戦に対する政府の歴史認識を根本から覆す主張であることが大きな問題となり、田母神さんは更迭された。懲戒免職にはならず、定年退職扱いで、退職金も受け取った。現職の航空幕僚長が、肩書き付きの実名で、政府見解に真っ向から反発する論文を発表したことはもちろん問題であるが、実は、この懸賞論文に応募した現役の航空自衛隊員が94人もいたことがわかった。

 田母神論文が問題である以上に、これが大問題なのである。つまり、田母神さんたちは、これが公表され事件になることを承知の上の確信犯だったということがわかる。しかも94人もの自衛隊員も応募したということは、組織的な行動だと言われても弁解できないだろう。

論文の根拠にした「ヴェノナ文書」とは?

 本題に進む前に、ここで田母神さんの論文の内容に触れておきたい。かつて、左翼の論文というのは、データ的裏づけに乏しく、ある出来事に対して身勝手な解釈をする、というのがほとんどだった。そして、気に入らない人間にはファシストだと烙印(らくいん)を押す。それらの論文はたいてい陰謀史観で書かれている。

 今回の田母神論文は、まさにかつての左翼論文にそっくりである。田母神さんは、「太平洋戦争はアメリカの罠に日本がはまった」と主張しているが、彼がその根拠にしているのは、「ヴェノナ文書」である。ヴェノナ文書とは、1930年代から1940年代にかけて、アメリカと旧ソ連の間で交わされた電報を傍受し、暗号を解読した、米国家安全保障局NSA)の記録文書だ。ルーズベルト大統領の時代には、アメリカの政府中枢に旧ソ連のスパイが大勢いた。ヴェノナ文書では、日米開戦のきっかけとなった「ハル・ノート」を書いたといわれているホワイトという財務次官もスパイだったということが明らかにされている。それを田母神さんは引っ張りだして、太平洋戦争はアメリカの陰謀だと言っているのである。もっと言えば、「ホワイトはソ連のスパイであったわけだから、日米戦争はコミンテルン共産党の国際部)の指令に基づいてアメリカにいるスパイたちが起こした戦争であり、日本はそれに引っかかったのだ」と決め付けている。

 しかし、これはヴェノナ文書の一解釈に過ぎない。ヴェノナ文書については、今やたくさんの論文が書かれている。しかし、その論文のほとんどが、「ホワイトは確かにソ連のスパイではあったが、ハル・ノートには彼がスパイであったことは影響していない」としている。例えば、田母神さんが論文でも言及している、福井義高教授(青山学院大学)が発表した「東京裁判史観を痛打する『ヴェノナ』のインパクト」(『正論』2006年5月号)という文章。ここには「日米交渉の過程で、ホワイトの関与があったとしても、それがルーズベルトハル・ノート通告という最終決断に決定的影響を与えたとまではいえないだろう」と書かれている。

 ある一部の論文だけを用いて、都合のよい解釈をするというのは、かつての左翼論文の典型だ。今、右派の陣営が、まるでかつての左翼論文と同じパターンでものを書くという現実がある。

自衛隊や公安には「いら立ち」がある?

 それはさておき、94人もの自衛隊員が政府見解に真っ向から反撃する論文を書いたことは、組織的決起だと僕は見ている。これは言論クーデターだ。実は今、自衛隊、そして警察が非常にいら立っている。少し話が脱線するが、10月26日に、雨宮処凛さんという女性が「麻生首相の家を見に行こう」と呼びかけ、ニート・フリーター・派遣労働の人たちを中心に約50人と行進を行った。事前に渋谷警察の警備課長から、「車道を歩かない、スピーカーを使わない、横断幕を広げないように」と言われた。これらを使用すればデモになるからだ。さらに、「麻生首相の自宅の区域に入ったら50人一塊ではまずいので、5、6人に分かれて歩くように」とも忠告を受けていた。彼らはこの忠告に従って行進を始めたわけだが、歩き出して間もなく、麻生首相の自宅区域に行くまでもなく、3人の若者が公務執行妨害の容疑で警視庁公安に逮捕された。僕は、逮捕時の映像も見たが、公務執行妨害もなにも、プラカードを上げとたんに捕まっている。渋谷警察の警備課長の忠告通りにやっても逮捕された。この様子を見て、公安も相当いら立っているな、と思った。田母神論文航空自衛隊のいら立ちを感じたが、それと同じものを今回の公安の不当逮捕にも感じた。

 アメリカ、ヨーロッパ、中国や韓国でも、軍人は尊敬される。街を歩いていても、電車に乗っても、敬われる。しかし、日本の自衛隊は、「税金ドロボー」などとも言われ、肩身の狭い思いをしている。彼らには、「自分たちは、雪まつりや災害に派遣されるためだけに存在しているわけではない。この国を守るために存在しているのだ」という強い思いがある。そして、不当に自分たちの存在が貶められている、軽んじられている、といういら立ちがある。同じように、警視庁公安にもいら立ちがある。

 今、日本には左翼がいなくなってしまった。左翼を取り押さえるのが仕事だった公安は、かつては堂々と肩身の“広い”存在だったが、今は“狭い”存在になってしまった。そのことへのいら立ちがある。だから、たった50人の集まりで、しかも警備課長に言われた通りに歩いていた人を逮捕してしまったのだ。とても危険だと思う。

昭和初期と酷似している今

 田母神論文は、言論的クーデターであったが、この言論クーデターが、遠くない将来本物のクーデターになるのではないか、という危機感がある。「今は、昭和一ケタの時代に似ている」と多くの人が言う。僕もそう思う。昭和一ケタの時代というのは、不況が続き、東北地方で娘が身売りされたりするなど、食えない人間が非常に多かった。財界では汚職がしばしば起こり、政治家は財界とつるんで汚職の片棒を担いでいた。これはだらしないと、軍人たちがクーデターを起こす。これが5.15事件(昭和7年)であり、2.26事件(昭和11年)である。当時、「政治家や財界人はだめだ。こんな人間に任せていては日本はうまくいかない」ということで、官僚たちの中から革新官僚が生まれた。その代表が岸信介である。

 この時代に今は似ていると思う。例えば、今、CSR(企業の社会的責任)などということが言われながら、談合は日常茶飯事で、節税という名の脱税が行われている。食品についても、消費期限切れの商品が平気で販売されたり、豚肉を牛肉と偽ったり、こういった問題が次から次へと起きている。政治家たちも何をやっているのかさっぱりわからない。自民党民主党も何を対比すればよいのかわからない。僕には、麻生首相民主党の政策にすり寄っているように見える。去年、参議院選挙で大勝した民主党は、「農家補助金1兆円、子育て手当て2兆6千億、基礎年金の部分を税金でまかなうために総額15兆3千億」という政策を掲げた。これは完全にばらまきであると自民党は批判していた。
 ところが、麻生内閣になると、自民党も、「農家補助金も子育て手当ても出す、定額給付金2兆円出す」と言い出した。さらに、民主党が「高速道路無料にする」と言えば、自民党も「高速道路の料金を大幅に値下げする」など言い出す。全く民主党に寄り添ってきている。これでは自民党民主党が、どこが違うのかさっぱりわからない。しかも、政府が「定額給付金を2兆円出す」と言ったら、与党内から「金持ちには出す必要がない。高給取りはいらないのではないか」と異論が出た。すると、それもそうだ、ということになり、今度は、では金持ちとそうでない人の線引きをどうするのか、という問題になった。法律で線を決めるという話も出たが、それでは時間がかかって給付金が間に合わなくなるので、辞退の目安を決めたという。

 おそらくこれらを取り仕切っているのは官僚だ。「法律で決めると時間がかかって間に合わない」などということは官僚でしか言えない。政・官・財の非常にだらしない癒着の構造を国民は見せ付けられているのだ。自衛官も公安も官僚だが、一般の官僚の中にも「今の官僚は腐っている」と考える人たちがいて、その中から革新官僚が出てくる。これらの流れと状況が、昭和初期に酷似している。

不満のターゲットはどこに向かうか?

 しかも、言うまでもなく、9、10月にアメリカで金融恐慌が起こり、大不況が世界に広がっている。日本も例外ではなく、明日が見えない。明日が見えないというわりには、今年から来年にかけては確実に景気が悪くなるだろうということは言われている。みんなが不満を抱いている。

 しかし、不満のターゲットがない。例えば小泉純一郎さんは、「俺が世の中を変える!自民党を変えるんだ!」と言って、ターゲットになってくれた。ところが、今ターゲットになれそうな人がいない。政治家が何をやっているのかがよくわからない。こういう状態の中で、田母神前航空幕僚長航空自衛隊94人の「決起」は、まさに時代を象徴している。5.15事件の前にも3月事件などいろいろ起きている。今回の決起は、昭和初期と同様の幕開きであり、非常に危険だ。

 では、クーデターのターゲットはどこに向かうか。5.15事件も2.26事件も、ターゲットは政治家に向かった。多くの議員が殺された。今も政治家に向かう可能性もあるが、僕はメディアに向かうのではないかと思っている。メディアが勝手なことを書きすぎる、という不満が人々にある。

 例えば、「首相がホテルのバーで酒を飲んでいる」などということを書き立てる。そんなことは知ったことではない。こういうことがたくさんある。そういう、いら立ちをみんなが持ってしまう。このような様々なことがあるわけだが、これらが昭和初期の状況に似ていて、危ないと僕は思っている。94人もの現役自衛隊員が論文を書いているということは、組織的な行動だ。11日の参考人招致では、田母神さんが「自分は指導はしていない。もし俺が命令すれば1000人が書く」と言ったら、野党はそれで黙ってしまった。情けない限りだ。

 田母神さんのはったりに野党が押さえ込まれてしまった。これは危険だと思う。法律に違反しているということばかり聞いているが、一番の問題はそこではない。今回の騒動は確信犯による決起なのだ。この危険性に野党は気づいていない。実は、ここが一番危ないところなのである。